不幸自慢をさせないコミュニティ
先日、Twitterスペースで「双極あるある」と題されたスペースに立ち寄ったときの話をしようと思う
双極とは双極性障害(躁うつ病)のことで、気分の上がり下がりが激しいとされる精神疾患の一種だ
リスナーとして様子を見ようと思ったが気軽にスピーカーに招待してもらったのでいい雰囲気だなと思って参加することにした
まず真っ先に「カシミヤさんは双極なんですか?Ⅰ型?Ⅱ型?」と聞かれたので「双極疑いの診断が出てます、最初はうつ病診断でしたがクリニックを変えてから薬も変わって低空飛行で安定しています」と簡潔に答えた
すると「あー『疑い』かぁー、じゃあがっつり『こっち側』じゃないんすね」と吐き捨てられた
「こっち側」って何だ?「がっつり」って、病状の重さで何か関係が変わるのか?思わずイラッとしてしまった
結局そのスペースでは永遠と躁状態とうつ状態のとき、どれほどお金を使っただとか、どれほど薬を多用して太った痩せただとか、自分の不幸話で盛り上がるばかりで、ほとほと会話についていけなかった
そもそも「〇〇(病名)あるある」という名前である時点でこういった不幸自慢は予期できたことだが、まさかここまで悲惨な会話があったものかと衝撃を受けたほどだった
私は同じような病気をもった人と(病名にかかわらずという意味で)気持ちを共有できる場をつくりたいと考えている
以前記事でも取り上げたが「傷の舐め合い」とはまさにこのような状況なのではないだろうか?
だとしたら私はそういった空間がはっきり言って好きではないし、自分のつくるコミュニティはそういった不幸自慢をしたい人には向かない場所であると思う
上記の記事でもざっくりと明記しているとおり、傷の舐め合いや不幸自慢などのマイナスな感情に引っ張られずに、議論や話し合いを前向きなものにしたいという意識のあり方や、主宰である私の舵取りが大切だと考えている
「気持ちを共有する場にしたい」と先に書いたが、これは共感だけにとどまらず前向きな解釈や分析、内観を共有するという意味であると再認識・再定義するよいきっかけになった