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文学フリマ東京38で頒布する本の試し読み『闇に光るは三日月の』

5月に入り文学フリマも近づいてきましたので、試し読みを公開します!
冒頭数ページ分になります。

縦書き&紙の本で読むものを横書き&画面で読むって相当読みづらいと思いますが、雰囲気だけでも伝われば……!

~~ここから試し読み~~

 市媛信夫 いちひめしのぶは困っていた。
 たった今、夏休みのサークル合宿に行くメンバーが食中毒で不参加となったのだ。信夫以外全員である。
 昨晩、信夫が所属している都内大学の「民俗学研究会」は居酒屋で合宿前のガイダンスを兼ねた飲み会を行った。その時に提供された食べ物で、信夫が手を付けていない料理のどれかにあたったのだろう。一人遅れて参加した自分はぴんぴんしているからだ。
 合宿の出発日は明後日。スマホに届いたメッセージを読む限りだと、全員かなりの重症である。発熱、吐き気、下痢。現時点でその症状に悩まされている人間が、明後日からの旅行なんて無理だろう。しかも民俗学研究会とだけあって、ただ旅行をするだけではなくフィールドワークも行う。訪問先の村を調査するのだ。体調不良の人間にはますます無理な話だ。かくして、合宿予定だった村へ出発できそうなのは信夫だけになったというわけである。
「困ったねぇ」
 サークルの相談役となってくれている初老の教授も困り顔だ。先輩の代わりに一緒に行けないかと相談したが、教授は己の講演会があるらしい。
「市媛くん一人で行ってもねぇ」
「一人でも行きますけど、さすがに寂しさはありますね」
 この合宿を楽しみにしていた信夫には、「行かない」という選択肢はない。大学生ともなれば一人で行くことに何の抵抗もないが、教授は信夫のことを気の毒に思ってくれているようだ。
「そうだ、一人だけアテがあるよ。うちの大学院の子なんだけど。仕事は日本史の非常勤講師だから、夏休み中は比較的時間が取れるんじゃないかな」
 教授のゼミや研究室は女性の割合が高いうえに容姿の優れた生徒が多いらしい。友人が羨ましいと言っているのを聞いたことがある。信夫はそのことを思い出し、期待に胸を膨らませた。
「マジっすか。可愛い人ですか」
「まぁ、美人ではあるかな」
 教授は、髪の毛と同じ色の白いひげをいじりながら答えた。
「ちょうど今日は学校に来る日だから、声をかけてみよう」

 昼過ぎにその人がレポートを提出しに来るということで、信夫はそのまま教授の部屋で待つことにした。昼休みの時間が終わるのと同じくらいのタイミングで、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「どうぞ~」
 のんびりした教授の返事の後、ゆっくりとドアが開いた。
「失礼します」
 入ってきたのは信夫と同じくらいの年齢の、若い男だった。
 もしかして、教授が先ほど言っていた「アテ」「非常勤講師をしている大学院生」はこの男のことなのだろうか。勝手に女性を紹介されるとばかり考えていたので、男が現れて面食らってしまった。
 平静を装い、教授と話している男の様子を伺う。
 容姿端麗という言葉そのものといった整った顔立ちをしている。猫のような目が印象的だ。どこかで見たことがあるような、ないような。現実的ではないというか、不思議な雰囲気をまとった男だ。艶のある黒髪に髪と同じ真っ黒な目は、夜の闇を思い出させる。黒髪黒目の人間なんて周りにたくさんいるのに、彼の髪と目の色は誰よりも濃い黒色に感じた。
 レポートを受け取った教授は中身を確認し、目の前の男に唐突に尋ねた。
久我くがくん、今週末空いてる?」
「空いてますよ」
「僕が面倒見ている民俗学研究会の合宿、皆行けなくなっちゃってさ。参加できるの、この子だけなんだよ。久我くん空いてるなら面倒見てあげてくれない?」
「いいですよ。暇ですし」
「ん?」
 男の容姿に見惚れている信夫を置いて、何やら話が進んでいる。合宿の話をしているようだが。
「良かったね、市媛くん。久我くん、一緒に来てくれるって」
 男の名前は久我というらしい。久我の大きな目が信夫をじっと見つめている。値踏みされているようで落ち着かない。
「いやぁ、助かるよ。いくら成人してるとはいえ、一人だけで行かせるのも可哀想だと思ってたから。市媛くん、良かったねぇ」
「はは……ありがとうございます」
「よろしくね、市媛くん」
 そう言って完璧な笑顔を見せる久我に信夫は何も言えず、曖昧な笑みを返すことしかできなかった。
 簡単に日程や行先、お互いの連絡先の話をして、あれよあれよという間に色々なことが決まっていく。久我は「それじゃあ、あとで連絡するね」と爽やかに去っていき、部屋には信夫と教授の二人が残った。
「……教授の嘘つき」
 信夫は恨めしそうな声をあげる。
「嘘なんてついてないよ。久我くん、綺麗でしょ。それに、常識的に考えてよ。男の子が一人で旅行するところに女の子を行かせるわけないじゃない」
 教授の言うことはごもっともだ。確かに嘘はついていない。信夫が勝手に女性だと想像していただけである。それに美人ではあった。男性だったというだけで。
「ちょっと癖のある子だけど、真面目な良い子だから。成績も優秀だし、学問に対する情熱がある。きっと市媛くんも良い刺激をもらえると思うよ」
その「ちょっと」の部分が非常に気になるところだが、信夫は何も言わなかった。

~~試し読み終わり~~

もう1冊の試し読みも後日掲載予定です😊
どの部分を試し読みするのか悩み中……。

お品書きも再掲しますね~!

当日のお品書き。取り置きもしておりますのでお気軽に!

そういえば、本の装丁の記事を書くと言って書いていませんでした💦
そちらも文学フリマ前には投稿したいと思います✨



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かし子
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