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『ボラード病』読書感想。


災害後、復興途上にある港町・海塚市。
市民たちはふるさとを愛し、皆一丸となり、より良い町づくりに邁進している。

町の小学校に通う小学五年生の少女・恭子は、同級生たち不可解な死や、ときおり起こる大人たちの失踪に小さな違和感を覚えている。

少女のあどけない視点から描かれる町の様子は、ピンホールメガネから覗いた景色のように、どこかしらに何らかの欠けがあるのだが、その分だけ視界がクリアになり、不穏さが際立つ。

少女の視点から見るこの物語には隙となる間がたくさんあり、そこを読み手自らが埋めていくことで、作品の恐怖や怒りが血潮となり、読み手の全身を満たしていく。

私は福島県出身だからもちろん自分事だけれど、その他の人が読んでも他人事じゃなく感じられる作りになっていると思う。

風評被害を助長するのでは?と心配になる程リアリティのある小説だった。
これが発禁にならないだけ日本はまだマシだと思うのか、それとも現実世界で犠牲になったのは東北の一地域なので、大した問題ではないと思って国は隠そうともしないでいるのか。
国の考えていることはわからない。

反乱分子(恭子のような同調圧力に屈しない人間)がボラードとなり、町は正気を保っている。
皆が皆、同調圧力に与していたら、いつか気づいてしまうだろう。糞溜めに祈りを捧げ続けている自分たちの姿に。
現実を妄想で塗り固めるためにはわかりやすい生贄が必要不可欠だ。
同調圧力が古代から共同生活を送ってきた人間の本能だとしたら、人間がいじめ=生贄を無くすことは不可能ということか。
そんなふうにしか生きられないのなら人間のままでいたくないな。

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