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My Book of the Year 2023

観測史上初となる猛暑日が続いた夏もとうに過ぎ去り、気づけば大晦日。今年もそろそろおしまいだ。
Twitterが使いづらくなったことをきっかけに、各種SNSにディアスポラが始まった時期、拠点をnoteに移したのは正解だったと思う。
長文でしか言い表せない感情や、映画の感想、日々の生活についての雑記、そういうことを書いたり読んだりすることで、たくさん感化があったから。
記事を書くのに疲れたり、他のことをしたくなったら休憩する。繋がった方と交流するのは楽しいけれど、noteを書くことが義務に感じたら、たぶんもう本来の楽しみ方は出来ていないということなので、いつでも休みたいときに休むということに決めている。
うだるような暑さの中で読んだオッペンハイマーの本も、半年間かけてゆっくり読み進めた『十二国記』シリーズも、日々のちょっとした時間を見つけて青空文庫で楽しんだ江戸川乱歩の小説も、誰に強制されたわけでもなく、自分自身が読みたいと思って読んだ本だ。
おかげで充実した読書ライフを送れた。たくさん良い本と巡り合えた。読みたい本を読み、noteに感想を書く楽しさを知った。それが嬉しい。
というわけで今年読んだ本のまとめです。ジャンルは小説もノンフィクションも同列にして、特に心に残った作品を選んでいます。
なお、2023年に出版された本を中心に選んでますが、それ以前に出た本も普通に入ってます。
ではではどうぞ。


『鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】』グレッグ・ベア

画数多めの漢字を組み合わせた造語や、こじつけの当て字を多用することで独特の文体を演出。その異化効果によりいとも容易く遠未来まで連れていってくれる超絶かっこいいSF、それが『鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】』だ。「SF」って自分的にはどのジャンルよりも”かっこいい”小説であって、この小説の場合は、異質さを際立たせる「文体」のビジュアルに射抜かれた。なんたって分岐識胞ブランチ・マインド破摧ザップ全人類通艦マンデイトですからね。厨二魂に火つけ過ぎ
収録作品はグレッグ・ベアが1980~90年頃に書いた中編2作。人体という殻を脱ぎ捨て、変形し、さらにクローンを作ることで意識も記憶も磨耗し、混濁しながらも戦い続ける異星種族たちの戦争を描いた「鏖戦」。量子理論や、人体冷凍保存、新興宗教を題材にしつつ、ビジネスSFとして読ませる「凍月」。どちらもこの作者にしか書けない唯一無二のスタイルを持った作品です。
装丁、タイトル、内容、もろもろ含めてSF者のツボを刺激しまくりの本で最高でした。SFはやっぱり絵だねぇ。

『奏で手のヌフレツン』酉島伝法

これも造語だらけの本。こういうの好きなんです。
舞台は球地(たまつち)。繰り出される造語の数々は、その字面自体が異世界への導入となっており、親から子へ、子からまたその子どもたちへと時代が進むことで、徐々にこの世界を理解する仕組みとなっている。作者の持ち味はかつてないほど洗練された形で発揮されており、独特でありながらも読みやすい。
タイトルからも感じ取れるように本作は「音楽SF」でもあり、ラストの壮大な光景は圧倒的だ。私たちが知る世界とはまったく違う構造で出来た異世界であるにもかかわらず、「我が事」と感じながら読んでしまう普遍性があり、展開、登場キャラ、世界造形、卓越した文章、どこを切り取っても素晴らしい作品だった。
造語だから出来ること、日本語だから出来ること、SFだから出来ること、それらを追究し、洗練させた果にこの小説は在るのだろう。
ここで描かれるのは、多くの人が知っている”営み”と、連綿と続く生命の”輝き”だ。あまりに力強く、あまりに美しい命の賛歌を聞いた。

『エレファントヘッド』白井智之

にしても倫理観ぶっ壊れ過ぎである、この小説。
帯に「空前絶後の推理迷宮」「多重解決ミステリの極限」と書かれており、何やら凄そうな雰囲気を醸し出しているが、中身の突拍子の無さや、犯罪方法の凄まじいまでに冒涜的な内容は、それら文面から想像するものを軽く凌駕している。
現代ミステリは量子論や多重世界といったジャンルSFが得意とする要素を取り入れて書かれる作品が多数あり、この作品も近似する技を使ってはいるけれど、そういった前提条件のぶっ飛び方以上に、各所各所で「思いついてもやらんだろ」っていう倫理的に超えちゃいけないラインを、スターを取ったマリオばりにテンション高くやすやすと飛び越えていっちゃうので、その点で容易に人には勧められない。
それでも本作は「犯人当て」という、推理小説の土台部分はちゃんと守られていて、いたるところに伏線や手がかりが隠されているため間違いなくミステリとしての面白さも備わっているのだからたまらない。なんせそのどれもが話や会話上違和感の無いレベルで論理的に組み込まれているし、物語としてみてもちゃあんと面白いんだもん。作者、恐ろしい子……!!
すごい小説を読みたい人は取り合えず手に取ってみてほしい。決して万人受けする小説ではないのは承知の上で。付いていけなかったり、ドン引きするくらいの嫌悪感をもよおす可能性すらあるけれど、それを補って余りあるほど、面白く、脳をかき回される体験ができる作品だから。
つまりは、非常に奇抜で冒涜的。しかし書かれているすべての事柄が完璧な連鎖反応を起こしており、こんなに倫理観の欠如したぶっ飛んだ内容であるにも関わらず、心が沸きたつほど読書の快感にひたれてしまう。作者の抑えきれない衝動と、ミステリというジャンルだからこそ行える非人道的な仕掛けが相互作用し生まれた傑作だ。読み終わった今でさえ、頭の中がひどくやかましく、大きなゾウの鳴き喚く声がおさまらない。

『眠りつづける少女たち――脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た』スザンヌ・オサリバン

病とは、一般的に考えられている以上に、社会の傾向や教育等の要因が患者の無意識に作用している。本書は脳と社会は無関係なものとする粗雑な考え方からは距離を置き、地域ごとの文化や社会構成から「病」と向き合った記録を綴るノンフィクションだ。
アイルランド出身の神経科医である著者は、スウェーデンの難民家庭の少女たちに多く見られる「あきらめ症候群」を始め、〈謎の病〉とされる数々の症例の実態を確かめるべく世界各地に赴き、患者と向き合いながら、原因を探ってゆく。この点で本書は、ルポルタージュ的な側面も強く、世界を旅する感覚も同時に味わえることだろう。
心身症を考えるとき、「生物・心理・社会」というモデルが本書では土台となっている。だがその要因として見過ごされがちな「社会」。その捉えにくく、指摘しづらい対象を含めて「病」と向き合う著者の姿勢には、聡明さと、真摯さが感じられた。つまりは西洋医学の穴を突く本でもある。

『三体0【ゼロ】 球状閃電』劉慈欣

「球電」という不思議な自然現象の謎に挑んだ主人公が辿る数奇な運命と、驚愕の"真実"の物語。「三体」の名前がタイトルについてはいるが、三体シリーズとの繋がりは薄く、これ単体で読んでも問題ない。理論に理論を積み重ね、その度に失敗を繰り返しながら少しずつ"真実"に辿り着こうとするストーリーは、科学に対する基本姿勢そのものだ。冴えわたる演出と、科学への深い憧憬を心から味わえた作品です。
あと丁儀が本編よりかっこいい。存在感もあり、重要な役割も果たす。丁儀ファンならマストな一冊

『イーロン・マスク』ウォルター・アイザックソン

幼いころのマスクにとって『銀河ヒッチハイク・ガイド』は愛読書だった。そして、このSF小説によって培われたマインドは、「いまの世界をさらなる未来へと推進させる」という壮大なビジョンへと繋がっている。
私は去年の夏ごろからTwitter(現X)を使い始めたこともあり、この1年はこれまで以上にイーロン・マスクという人物を(良くも悪くも)身近に感じる年だった。
彼のルーツはどこにあるのか。そしてこの先どこを目指して突き進むのか。幼少期の生い立ちから始まり、彼の人格がどのように形成されていったのか、仕事関係者だけでなく、家族や友人からの証言も踏まえて書いた「イーロン・マスク解体新書」。上下巻で900ページくらいある本だけど語り口の上手さで案外すいすい読めてしまうし、何よりこの”お騒がせ男”の話はひとつひとつが非常にエキサイティングでおもしろい
飽くなき探究心から生まれるイノベーションと、未来を指向する精神力。そんなものを感じさせてくれる本だった。

『禍』小田雅久仁

視覚・聴覚・嗅覚など五感全てを刺激する異形の短編集。流麗な文章と奇怪な想像力によってまばゆい闇へと連れて行かれ、後ろめたい快感がもたらされる。日常から始まり、闇に触れ、魂がよろめく瞬間の恍惚ときたら……!!
収録されている7編どれもこれも面白く、それぞれが「耳」だったり、「鼻」だったり、「髪」だったりと、”身体”に関係する話を扱っていてスーッと入り込めるのも上手い。一旦話に入り込んだあとは、主人公たちと同じく闇から抜け出せ無くなること請け合いで、ゾワゾワする快感に浸れるだろう。
人に勧めにくい、けど面白い小説って背徳的な快楽があって素敵だね。

『ロバート・オッペンハイマー ――愚者としての科学者』藤永茂

「原爆の父」と呼ばれるオッペンハイマーの生涯を辿り、彼がいかなる人物であったのかを紐解いた一冊。
映画『オッペンハイマー』を観る下準備としていくつか彼のことについて書かれた本を読んでみたが、中でもこの本は丹念な調査によって"原爆の父"が持つ「虚像」の更新を試みた内容となっており、著者の執念にも似た熱意が伝わってくる良書だった。
単なる精細な記述ということに留まらず、ところどころで長崎の惨状を知る筆者の見解も入っており、その上で公正な視座に寄ることを心掛けている。その点においても感じ入るものがあった。

『鋼鉄紅女』シーラン・ジェイ・ジャオ

中国出身のカナダ人による巨大ロボットアクションSF。高いリーダビリティに加え、主人公の燃え盛る激情を一人称で綴る文体に惹き込まれる。中国史の要素を盛り込み、テーマとしては男尊女卑に一矢(どころか何矢も)報いるというもの。『パシフィック・リム』が好きな人ならハマるんじゃないかな。他にも日本のアニメをはじめとするサブカルチャーからの影響が多数見受けられる作品で、やり過ぎ感も含めて楽しかった。
ちなみに以下は主人公の独白で気に入ったもの。

それでもこの恐怖に超然としてみせなくてはいけない。でないと恐怖にのまれ、窒息し、奴隷になってしまう。
そんなふうに生きても意味がない。

『鋼鉄紅女』(P.176)より


『イラク水滸伝』高野秀行

高野秀行はすごいなぁ。若い頃から怪獣探しとかして、その果てしない好奇心とユーモアをルポルタージュとしてまとめてきた人だけど、今回はティグリス川とユーフラテス川に挟まれた場所にある湿地帯「アフワール」まで行っちゃうんだもんね。なんせここは世界4大文明の一つメソポタミア文明の発祥地といわれていて、 入り組んだ水路と、独自の文化で形成された、日本人にはなじみの薄い地域。古代宗教「マンダ教」を信奉する教徒たちに、フセイン時代に湿地帯でゲリラ活動を行い政府軍と戦った「湿地の王」なんかも登場してさあ大変。移動手段である「舟」を手に入れる際の奮闘や、謎に包まれた「アラブ布」をめぐる旅などなど、ベールに包まれた「異国」の構造や魅力を平易な文章で綴り、なにげない風景を捉えることで、私たちにとってその場所が「異国」ではなく「身近な場所」であることを感じさせようとする意気込みがこの本には込められており、その精力に当てられる。
ルポルタージュとしてとても面白く、イラク文化について知る上で学術的な価値も高い本に仕上がっているので、これ系のノンフィクションが好きな人なら特におすすめ。

『孤島の鬼』江戸川乱歩

初めて読んだ江戸川乱歩作品。
読む前の私「孤島で殺人事件が起きて探偵が解決するんだろうな」
読んだ後の私「ぐちゃぐちゃのドロドロ! 前半の密室殺人事件のトリックちょっと無理あるんじゃない? 後半の孤島で起こることだいたい現代では描写が難しそうなやばいことばっか! でも猟奇的な事件を追いかける冒険小説になってて楽しい! 江戸川乱歩の文体かっこよ~。っていうかこれボーイズラブじゃん!! そしてラストの締め方ぁ……」
以上です。

『#雨降る惑星』森遊

不思議な感触のある本だ。中学生三人が体験する"非日常"は読者である私にとっても非日常で、彼らが体験する色んな出来事は、世界の不思議さとか楽しさとか残酷さみたいなものを感じさせてくれる。そして、主人公である旬は「その時にしか感じることが出来ない気持ち」があることを知り、ケイと菅野と一緒に、いまこの時を享受する。この”喪失と再生の物語”の根底に流れているのは、「誰かのしあわせを願う気持ち」だろう。あの傘のように、たぶん私たちは知らないうちに誰かに救われているし、誰かのことを救っているはずなのだ。だから私はこの本を読んでいると心がゆらめき、何気ない場面で泣きたいような気持ちになる。彼らとともに過ごした夏は、とても素敵な時だった。

『習慣と脳の科学――どうしても変えられないのはどうしてか』ラッセル・A・ポルドラック

タイトルの通り「習慣」についての仕組みを科学実験の成果から解説している本。いわゆるハウツー本とは違うので専門用語も出てくるが、噛み砕いた文章で読みやすく面白かった。脳や行動について興味のある人、"習慣"について詳しく知りたい人におすすめの良書。

『法治の獣』春暮康一

異星生物とのコンタクトにまつわる物語を綴った中編集。
生態学に基づく魅力的なアイデアがたっぷり詰め込まれ、社会科学面からの考察もしっかりある強度バリ硬な3編が収録されています。著者が語っている通りイーガンからの影響が随所に見受けられ、シニカルな語り口には少々とっつきにくさはありますが、ハードSFとして非常に出来が良く、読み応えばっちり。
動物好きな人におすすめですね。出てくるのはかなり変わった動物ですが。

『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』ダニエル・ソカッチ

イスラエル-パレスチナ問題について、聖書の時代から遡って概説した本。
本書は、「イスラエルが正しい」という主張と「イスラエルは間違っている」という白黒はっきりさせた論説には与しないことを基本姿勢としており、その点でイスラエルーパレスチナ紛争についてある程度"中立的"で偏りのないポジショニングがとれていると感じた。著者は言う、要するにイスラエルとは「グレー」なのだと。
正直読めば読むほど解決方法など無さそうに私には見えてしまう。それでもこの問題に対し、どのような人が、どのようにアプローチしてるのか、最後の章に書かれており、僅かながら希望を感じた。

以上、2023年に読んだ本15選でした。
短編だとイーガンの『堅実性』、江戸川乱歩『鏡地獄』、小田雅久仁の『食所』あたりがすごく好きだったな。変態・変人が出てくるので。
それでは皆さま、良いお年を。
すごく、すごーく良いお年を。
来年はどんな本に、どんな記事に、どんな絵に、どんな人に出会えるだろう。
楽しみは尽きない。

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