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【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第8話/全12話)

夕方、キコは帰宅して二階の自室に戻ると、ばったりとうつぶせにベッドに倒れてしまった。
実の母と姉が、今のシオンの家族。
シオンは自分に会うために、キコと同じ高校を選択。 
母は、自分のことを今でも思ってくれている。
父と母は連絡を取り合っており、私のことは筒抜け。
今日知った驚きの内容を整理する。整理するほど、これからシオンとどう接していけばいいのか分からなくなっていた。これまで通りでいいのだろうけど、背後に母と姉がいる。
次に会うのは3日後。キコはまた、もやもやしてきた。どんな顔して会っていいかわからない。
会う日を伸ばしてもらおうかと、スマホをカバンから取りだそうとした。が、きっと、一週間、一か月たったところで何も変わらないと思ったし、2学期になれば強制的に顔を合わせることになる。せっかく再会できたのに、ぎこちない関係になりたくない。
キコは仰向けになり、ゆっくりと体を起こした。

「とりあえず、今できること、しよう」

机に向かい、数学の問題集に取り組み始めた。
しばらくすると、子供の声で「ただいま」が聞こえた。今の母親と弟、そして父親が帰ってきた。キコは部屋を出て、「おかえりー!」と元気よく聞こえるように返した。
お父さん、お姉ちゃんが今何してるか知ってる?どこに住んでるか知ってる?
聞いてみたい気もしたが、うまくいっている今の家庭に、昔の家族の話題を持ち出すのはためらわれるのだった。

家の最寄り駅の改札を通ったシオンは、ロータリーで、スーツケースを引き、紙袋をいくらか持った女性が目に入った。見覚えのある後姿だ。

「姉さん」

キコの実の姉で、今はシオンの姉でもあるアイだ。北海道の大学に進学し、一人暮らしをしている。大雪が見てみたい、という理由の北海道だった。
正月ぶりに帰省したアイを改めてみると、顔はキコとそっくりだが、雰囲気が違った。例えるなら、キコは飼いネコ、アイはライオンだとシオンは思った。

「おうシオン。ただいま。それ制服?学校行ってたの?」
「うん。荷物持つよ」
「ありがと」

二人はお互いの近況など、当たり障りない雑談をしながら家までの道のりを歩いていた。
駅と家の真ん中ほどにあたるところに、小さな公園がある。アイは寄っていこうとシオンに声をかけた。荷物を置き、アイとシオンはベンチに座った。夕日が隠れそうな時間帯になっていた。

「お前さ、あいつと同じ学校なんでしょ?母さんから聞いたよ」
「…あいつ?」
「キ・コ・だ・よ。写真見たから顔知ってるよね?まだ見かけてないんだって?」

シオンはあのニコニコ顔で返した。

「うち生徒多いし、それに別に興味ないし。まあいつかは見かけると思うよ」

アイはシオンのTシャツの襟ぐりをぐっと掴み、顔を自分の方に寄せた。

「嘘だね。その顔は嘘つくときの顔。親や友達は騙せても、私には通用しないよクソが」

出会った時からそうだった。アイはシオンの心をごっそりえぐってくる。

「本当はもう会ってるだろ?なんで母さんに言わないんだよ。見た、元気。それだけで済むだろ」

大っ嫌いになれれば楽なのに、シオンは緑のことは母と呼べないが、意外にも、アイのことはすんなり「姉さん」と呼べた。
彼女にはシオンをいじめようとか、嫌いとか、そういう気持ちは一切ない。ただ、はっきり、さっぱりした性格なだけなのだ。シオンの内面を見ているという点では、乾と同じだと言える。自分をさらけ出したくないくせに、よく分かってくれる人間に好意を持つのだった。
この人の前ではごまかせない、とあきらめた。

「そうだよ、会ったよ。しかも同じクラス。びっくりした。姉さんと同じ顔がいて。身長もちょうど同じくらい」

それを聞くと、アイはシオンのTシャツの襟から手をぱっと離し、シオンの肩を力強く掴んだ。シオンは小さく呻いた。

「そうなんだ!どう、元気?」
「…っ元気そうだよ。友達もいる」
「それだけ分かれば十分だ」

シオンから手を放し、アイは足を組んでベンチの背に片手を回して、話を続けた。

「私からは言わないけど、いつか母さんに報告してやって。実際に会った人の話が聞きたいのよ。父さんのメールじゃなくて。親だと思えないのは知ってるけど、母さんなりにシオンを愛そうと、今度の家族は壊さないようにと頑張ってるんだ。それにさ、」

アイはずいっと顔をシオンに近づけ、

「母さん、あんたが隠してること気づいてるよ。多分、いや絶対。こんなクソガキにいつまでも甘いんだから」

そう言うと立ち上がり、スーツケースを取って歩き出した。シオンも紙袋を持ち、あとに続いた。アイはそれ以降、キコの話題は全く出さなかった。
家に着くと、緑が二人を笑顔で出迎えてくれた。その足元では、老猫うどんがすりすりと周りを回っている。
今日の夕飯は、アイとシオン、二人の好物まみれだということだった。

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