吸う息より吐く息を深く感じたい
よく行く整体の施術師に指摘されて驚いたことがある。曰く、私は相当に悩み事や困りごとがあるらしい。なぜかと問うと、横隔膜と胸周りがとても凝っているからだという。緊張すると胃が痛くなるように、悩み事があれば私たちは猫背になり、胸が固まり呼吸が浅くなる、らしい。常人であれば難なく指が柔らかい横隔膜に入るらしいのだが、私は第一関節すら弾いてしまうほどの硬さだった。普段この施術人はほとんどしゃべらずに私の身体の痛いところを確実についてくるのだが、今回は精神まで突いてきた。図星だったのも痛い。みぞおちにくる。
私は常に悩んでいる。カントもびっくりするくらい人間的に悩んで苦しんでいる。普通の人だったら疑問にも思わない道を怖がり、まだできたばかりのトンネルにろうそく1つなしに飛び込み、暗闇に目が慣れるまでもがいている感覚だ。しかもたまに行き止まりがある。この生活を悩まずにいれるほど、私は楽観的ではない。
実際、そのころは本当に息がしづらかった。息が出来なくて、たまに大きい深呼吸をいれないと息が止まるし、常に肩が上がっていた。いわれて初めて、自分が思い悩んでいたことに気づく。人は比較しないと、己の限界すらも気が付かないらしい。
ぐりぐりぐりぐり、内臓をほぐされる。結局正常時の柔らかさには戻らなかったが、少しは大きく息がしやすくなった。気がした。
施術後の帰り道、息を腹に入れてみる。なかなかうまくいかない。途中でなにか強いゴムボールみたいなのに空気が押されてしまう。しょうがないから息をそのまま吐く。私の鼻から出た息は、飲みかけのウイスキーの香りがした。
胸も肺も腸もほぐされて、ふにゃふにゃになったらストレスもなくなるのかなあ。
でもそんなにふにゃふにゃになったら、肩の骨まで抜けちゃって、ポージングも、文章書くこともできなくなっちゃうしなあ。
うつらうつらと帰りの電車の中でおもいながら。少し肩を広げて、鎖骨を揉んでみる。なんとなく体の汚いものが流れていく感覚がして、ついため息を漏らしてしまった。さっき施術後にした深呼吸よりも、このため息の方が私をあたたかくほぐしてくれて、ますます眠気が増してくる。吸い込んでため込んでしまった空気も悩みも、たまにはださないと。
結局この日、寝過ごして電車は2つ先の駅まで進んでしまった。
まあいいかとひとり呟きながら、一人オレンジ色の夕焼けに染まる見知らぬ街に降りる。浅く息を吸って、深く深く、息を絞り出して。
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