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のみやさん【オリジナル小説】【連載】

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2022年1月の記事一覧

嵐の後の静けさ

「大丈夫ですか……?」

 どれくらいの時間が経ったことだろう。外の雷鳴は少しずつ遠ざかり、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静寂が支配している。
 相も変わらず私の腕の中にいる彼女は震えが止まらず、恐らく震えの原因が去った今でもこれなのだから、相当なのだろう。改めて声をかけてみたけれど、それに返事はないのが全てを物語っている。
 家の鍵を取りに来ただけだったのに、まさかこんな場面に出くわすなんて誰

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雷鳴と衝撃

 酔いに任せた足取りは、早足のはずなのに目的地にはちっともたどり着けない。それに少し苛立ちを覚え始めたのは、不意に見上げた空模様からだった。
 始めは気が付かなかったのだけれど、ぽつり、と私の頬に一粒の雫が落ちてきたのをきっかけに、少しずつその粒が落ちてくる量が増え始めた。夜空を染めていたのは星空ではなく、暗雲だったと気づいたときにはもう遅く、それは次第に雨脚を強め始めたのである。
 それだけでは

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聞こえない轟き

 私が『のみや』へ通うようになってそこそこの時間が過ぎた。
 今まではそれこそ緊張してはいるのにも躊躇いがあった私だったけれど、数を重ねていくうちにその敷居は少しずつ下がっていった。知っている人の顔も増えてきて、話をしていると他の常連さんも会話に混ざってきてくれたり色んな話を重ねていくうちに私もいつの間にかその輪の中に入っていたようだった。

「おっ、わかばちゃんじゃねぇか」

 その証拠、という

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ほろ酔いの居場所

 あの日――野宮さんの所に行くようになってからしばらく。
 私の生活に大きな変化はないものの、少しだけその兆しのようなものが出始めていた。

「おーやなぎぃ、なんか最近張り切ってんなぁ」

 いつもの間延びした上司の声に対し、はいっ! といい声で返事する。相も変わらず仕事に関して上手くいかないことの方が多いものの、少しずつではあるが目の前にある書類の意味や必要性なんかがようやくわかってきた。同期た

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途切れた意識の先の話

 最近、珍しいお客様がここに立ち寄ってくれる機会が増えた。
 元々入り口から入りにくい、と色んな人に言われてきた佇まい。和装なのは私が好んで頼んだものだし、内装も色々と考えて決めたから私としては満足している。それにこの佇まいなことでやってくるお客様も迷惑をかけるような飲み方をされるより、ゆっくりと美味しく飲んでいただける方が多いので、結果的にはこの様相にして正解だった、と今は強く頷くことができる。

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