大沢夏鈴
難聴を患う少女、立華菫。大人に対し恐怖に近い感情を持ち、閉鎖的になってしまった彼女。そんな彼女の前に現れたのは、柔和で今まで出会ってきたことのないような大人――能見広子であった。 彼女を通じ、少しずつ広がっていく菫の世界。 これはそんな彼女たちの、物語の欠片の話。 ※登場人物である『能見広子』及び『矢野桜』のお話に関しては現在BOOTHにて無料ダウンロード可能となっております。 こちらを見ていただけるとより二人のことを理解できると思うので、ぜひご一読ください! 【幸せをさがして】 https://karinn5272.booth.pm/items/3567422
The only time for you -あなただけの時間を- Cafe & Bar【MOON】を営む、三ツ夜藤とあなただけのとある時間を切り取った。 疲れた心に、1杯のカクテルはいかが? 個人VTuberさんである三ツ夜藤さんのシチュエーションボイスの台本、並びに当作にてショートストーリーをお送りしています。 三ツ夜藤 チャンネル https://youtube.com/c/FUJI0083 合わせて是非ご覧ください。
7/6に投稿いたしました七夕ボイスにご参加いただいた方のssになります。 各個人のページにてYouTube、Twitterのリンクを貼っておりますので、是非合わせてごらんください。
あの日――時子さんが雷に怯える姿を見てから幾ばくかの時が過ぎたが、私たちの関係は特に大きな変化はない。 そりゃ確かに、時子さんの苦手なものを知ったというのは大きな出来事だったけれど、だからと言ってそれ以降何かが始まるわけじゃない。弱みにつけ込んで、なんてことはしないしそもそもできない私は、彼女のその事実を知ってからもあまり変わらずにいつも通りに過ごしていると思う。 それもこれも、時子さん自身があの日に話してくれたのだ。 『私が雷が苦手なこと、常連さんもあんまり知らないの
「……えっ、と」 困惑の色が声に載る。正直に話せば、私は今スグここから離れたいけど、目の前にいる子がそれを叶えられそうにはなかった。 「……」 暗く落とされた瞳には、感情が宿らない。人形かと見間違うくらい整った顔立ちも相まって、言葉では表現できない悪寒のようなものが背筋を這う。 私――能見広子がここに来たのはつい先ほど。よくわからない手紙のままにやってきたら、ほどなくしてこの子も同じ部屋にやってきた。そのまましばらく待ってみたけど、何の反応もなければ、ここに来た理
「大丈夫ですか……?」 どれくらいの時間が経ったことだろう。外の雷鳴は少しずつ遠ざかり、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静寂が支配している。 相も変わらず私の腕の中にいる彼女は震えが止まらず、恐らく震えの原因が去った今でもこれなのだから、相当なのだろう。改めて声をかけてみたけれど、それに返事はないのが全てを物語っている。 家の鍵を取りに来ただけだったのに、まさかこんな場面に出くわすなんて誰が予想していただろう。 雷雨のおかげで覚めた酔いに感謝しながらも、しかしそれの
酔いに任せた足取りは、早足のはずなのに目的地にはちっともたどり着けない。それに少し苛立ちを覚え始めたのは、不意に見上げた空模様からだった。 始めは気が付かなかったのだけれど、ぽつり、と私の頬に一粒の雫が落ちてきたのをきっかけに、少しずつその粒が落ちてくる量が増え始めた。夜空を染めていたのは星空ではなく、暗雲だったと気づいたときにはもう遅く、それは次第に雨脚を強め始めたのである。 それだけではない。空を恨めしそうに見上げた時、遠くの方でピカピカと雲の間から見えた光。数秒後
私が『のみや』へ通うようになってそこそこの時間が過ぎた。 今まではそれこそ緊張してはいるのにも躊躇いがあった私だったけれど、数を重ねていくうちにその敷居は少しずつ下がっていった。知っている人の顔も増えてきて、話をしていると他の常連さんも会話に混ざってきてくれたり色んな話を重ねていくうちに私もいつの間にかその輪の中に入っていたようだった。 「おっ、わかばちゃんじゃねぇか」 その証拠、というわけじゃないけど最近は店に入れば下の名前で呼んでくれる人も増えた。同時にここに来
あの日――野宮さんの所に行くようになってからしばらく。 私の生活に大きな変化はないものの、少しだけその兆しのようなものが出始めていた。 「おーやなぎぃ、なんか最近張り切ってんなぁ」 いつもの間延びした上司の声に対し、はいっ! といい声で返事する。相も変わらず仕事に関して上手くいかないことの方が多いものの、少しずつではあるが目の前にある書類の意味や必要性なんかがようやくわかってきた。同期たちにはまだまだ追いつかない部分もあるけれど、ここまで出来たのだってかなりの進歩だ
最近、珍しいお客様がここに立ち寄ってくれる機会が増えた。 元々入り口から入りにくい、と色んな人に言われてきた佇まい。和装なのは私が好んで頼んだものだし、内装も色々と考えて決めたから私としては満足している。それにこの佇まいなことでやってくるお客様も迷惑をかけるような飲み方をされるより、ゆっくりと美味しく飲んでいただける方が多いので、結果的にはこの様相にして正解だった、と今は強く頷くことができる。 しかしそんな場所に、偶然という形ではあったが出会ったとあるお客様は、この店に
正直、こんな記事を書く日が来るとは思わなかった。 記事タイトルにもあるけれど、私はこの度1週間で牛乳を12L消費することを強いられたのである。 きっかけはそう。フォロワーと一緒に話をしながら作った『Amazonほしいものリスト』である。 腱鞘炎気味な私にサポーターを買うからほしいものリスト作って! と言われてまるで他人事のようだった私は、半信半疑で作ったほしいものリスト。 始めに言わせてもらうが、私は今までほしいものリストを公開設定にしたこともなければ「こんなリス
シチュエーションボイス動画 こちらのボイスの台本を作成させていただきました。 以下、ボイスの小説版になります。 !注意! これはあくまで一つの解釈になります。 皆さんの考えるシチュエーションと異なる場合もありますが、ご自身の解釈を大事にしてくださいね。 時計をちらりと見やる。約束の時間は13時だけれど、今示す時間は約束の時間からそろそろ15分が経とうか、という時間。知らない相手だったり、あまり仲良くない相手だったりしたら怒って帰ってしまうような時間だけれど、私が待ってい
「またいらっしゃっていただけて、嬉しいです」 店内に通されてから、微笑まれる。その笑顔があまりにも綺麗で見惚れてしまうし、きっとその顔はかなり呆けていたのだろう。私の顔を見るなり野宮さんはくすくすとまた笑ってくれた。 「そんな驚いた顔しなくていいのに」 「いや、でも、だって」 先ほどのことを思い出し、再び私の頭は混乱しかけていた。 先日初めて来たときに厨房にて小さな声で話しかけてくれた人。私はさっきまでその人に詰め寄られそうになっていたし、まさかその人が野宮さんの
あの不思議な居酒屋であった出来事は、本当に夢だったんじゃないかと今でもたまに思う。というか、あんな夢みたいな出来事が本当に現実にあっていいのかな、と考え込んでしまうくらいには素敵なひと時だったと思う。 気が落ち込んでいた私をそっと慰めてくれた、和服の女将さん――野宮さんに思いをはせて早一週間。この間のお礼とお酒のせいで覚えていない記憶について謝罪をしないといけないと思いつつ、その足は遠のくばかりの日々が続いていた。 「はぁ……」 そう。なんせ仕事が終わらない。 「
あれから数日、私の仕事は相変わらず忙しく、目まぐるしい日々が続く。 しかしながらそれを耐えられてきたのは、ひとえに自分のご褒美のため。 「……よし」 仕事終わり、向かう先は自宅ではない。せっかく次の日が休みなのだし、このまま寄り道せずに帰るのはもったいない。それに、今日のために今までの仕事も頑張ってこられたのだから、そのご褒美の時間。 向かう先は唯一つ――カフェ&バーMOONである。 ――カランコロン いつもの小気味いいドアベルを聞きながら店内へ入れば、先日の
秋の陽気が漂う、昼下がり。久しぶりに使った有給はなんだかいつもの景色が違って見えて、それだけでなんだかワクワクしてくる。子供のころのような純粋な楽しみは少しずつ薄れては来ているものの、大人になったからこその楽しみ方を理解してきた気がする。 そのうちの一つに、この平日に街を歩くことがあげられると思う。 周りを見渡せば忙しなく動く人たちの姿。彼ら彼女らは今も迫りくる仕事に追われながら、せっせと働いていることだろう。その中でも自分がゆっくりと散歩している優越感。これはある意味
「落ち着きましたか?」 どれくらい時間が経ったのか、震える肩が止み始めたころに彼女の声がかかる。涙でこすってすっかり赤くなっているであろう目元を最後に擦って、顔をあげれば穏やかな表情でこちらを見つめている野宮さんがいて、その姿にほっとする自分がいた。 たどたどしく、ちゃんと自分の気持ちを吐き出せたかは定かではない。だけどなんだか心の中で渦巻いていた感覚がスーっと溶けていったような気がする。 「はい……すみません、なんか急に涙、止まらなくなっちゃって」 思えば最後に
「野宮、時子、さん」 彼女の名前を復唱して、馴染んだ感覚が私の身体に巡っていく。 柔和な印象に似合う名前だと、率直に思った。 「いい、お名前ですね」 「あら。そんなこといってくれると嬉しいわ。私もとっても気に入っているから」 そう言って笑う彼女に、釣られて私も強張っていた頬が少しだけ緩む。野宮さんが放つオーラはなんというか癒されるというか、さっきまで張り巡らされていた緊張の糸を一切の違和感なく解いてしまう不思議な力があると思った。 もしかしてこういうお店の女将さ
暖簾をくぐったその先は、やっぱり私がいていいような場所じゃないと改めて感じた。 和装の外観に劣らぬ内装は、カウンターが四席、テーブルが二席のこじんまりとした空間だ。しかしながらそこで纏っている空気はとても私のような人が入っていいような空間ではない。もっと上の、私の上司よりも上の人たちが来るような場所だとわかって、私の足は再びすくみそうになる。 「お好きな席へ、どうぞ」 玄関先で立ちすくむ私を見て何を思ったのか、女将さんはいつの間にか私の元からカウンター席の向こう側で