【童話大戦争】④ かぐや、駆ける!
かぐやは、戦場から少し離れた小高い丘の頂で戦況を見つめていた。
吹き荒れる風の中でも、彼女の佇まいは静かに凛としていた。
しかし、その表情はこれまでにないほど厳しいものだった。
かぐやのもとには、戦場のいたる所に紛れ込んでいるレジスタンスを通じて、ありとあらゆる情報が集まっていた。
西洋軍の戦力はあまりにも強大で、しかもまだ底が見えない。
レジスタンスからは、絶え間なく三軍敗走の報告が上がってきている。
戦況は既に大きく西洋軍に傾いている。彼らの勢いは圧倒的で、その前進は止まることを知らない。
このままだと、日本童話界が西洋童話界の支配下に置かれるのは時間の問題だろう。
しかし…。
打つべき手は、まだ、ある。
かぐやは、すぐに手紙をしたため、竜宮城に海幸彦と山幸彦の兄弟を特使として派遣した。
次に、レジスタンスの戦士たちに、桃太郎軍と金太郎軍を追走する西洋軍の足止めをするよう指令を出した。
そして、自らは一路大天狗のもとに急いだ。
【竜宮城にて】
かぐやからの手紙に目を通した浦島太郎は、憮然とした表情で海幸彦と山幸彦の兄弟に問うた。
「昨日まで殺し合いをしようとしていた相手を救えと、姫はおっしゃるのか?」
「然り。浦島殿が御不快に思われるのは当然のことです。しかしながら、この日本童話界の未曽有の危機を乗り切るために、今、あなたのお力が是非とも必要なのです。」
兄の海幸彦が毅然と答え、弟の山幸彦が続けて説得する。
「浦島殿と桃太郎殿は、日本童話界では兄弟のようなものではありませんか。身内同士で争っても何も得る物はありません。私たちの兄弟げんかを見ればそれが良く分かるはずです。今は、身内同士で争っている場合ではありません。姫がおっしゃるとおり、日本を守るために戮力協心しなければ西洋軍には勝てません。」
浦島太郎の脳裏に、子どもの頃いつも一緒に遊んでいた桃太郎の泥だらけの笑顔が浮かんだ。
そして、ぽつりと言った。
「認めたくはありませんが、確かにその通りです。今、桃太郎軍はどのような状況にありますか?」
「敗走を続けながら海岸線に追い詰められようとしています。桃太郎殿は、いったん天然の要塞鬼ヶ島に戻って軍を立て直そうとの考えです。しかしながら、渡島の手筈が整っておりません。我々も船を何艘か用意しましたが、それだけでは全く足りません。」
海幸彦が生真面目に答えた。
「わかりました。それでは我が軍が彼らを鬼ヶ島まで運びましょう。」
浦島はにこりと微笑み、即答した。
「ありがとうございます!」
兄弟は、揃って深く深く頭を下げた。
「海岸から鬼ヶ島まで一里程度。早急に輸送体制を整えましょう。しかし、残念ながら、空からの攻撃は我々には防ぎようがありません。」
浦島が昨日の戦闘を思い返しながら言った。
「それは心配無用です。今頃、姫が手筈を整えているはずです。」
山幸彦が人懐っこい笑顔で自信ありげに答えた。
【抵抗者たち】
その頃、かぐやの指令を受けたレジスタンスたちは、桃太郎軍と金太郎軍を追い詰める西洋軍に対して、ゲリラ戦を仕掛け、彼らの進軍を妨げようと懸命に戦っていた。
笠地蔵が地中から突然現れ、ゴーレムの足元をすくう。
爆ぜた栗の実がオオカミの目を襲う。
蜂の大群が騎士団の鎧の中に入り込み刺しまくる。
石臼が騎馬を押しつぶす。
おむすびをエサに、ネズミがゴブリンを巣穴に落とす。
三年寝太郎が大岩を投げ落とす。
牛若丸がひらりと飛び、弁慶がドワーフと堂々と渡り合う。
トロールに一飲みにされた一寸法師が腹の中で大暴れする。
すばしっこいウサギが火打石であちこちに火をつけてまわる。
座敷童が現れては消え、魔女たちを惑わす。
鉢かづき姫が敵の頭に鉢をかぶせて視界を奪う。
耳なし芳一が琵琶をかき鳴らし敵の注意を奪う。
力太郎と御堂こ太郎と石こ太郎がスクラムを組んでドラゴンに体当たりをする。
彼らの小さな抵抗は、少しずつではあるが確実に西洋軍の進軍速度を削っていった。
【物の怪の里】
大天狗は、粗末な身なりをしたかぐやの突然の訪問に驚きもせず、快く陣屋に迎え入れた。
かぐやは、胡坐をかいて座る大天狗に向かって三つ指をつき、真っすぐな目で大天狗を見た。
「大天狗様。おひさしゅうございます。不躾ではございますが、本日は願いごとがあって参上いたしました。」
かぐやが頭を下げ、話を切り出そうとすると、大天狗はそれを制して言った。
「姫。頭を上げよ。そなたがここに来ることは分かっておった。わしらの力を借りたいのだろう?もう戦の準備は整っておる。日ノ本を西洋に渡すわけにはいかぬからな。ヤマタノオロチも同じ考えだ。あとは人間と共闘するための大義をどうするかだけだ。」
そう言うと大天狗は悪戯っぽくニヤリと笑った。
「そして今、立派な大義ができた。かぐや姫がわざわざ頭を下げて、我らの力を求めてきたのだからな。姫は、人にして人にあらず。気高き月の者だ。その姫のために戦うことに何の憂いがあろうか。」
大天狗は立ち上がり、かぐやに言った。
「我ら物の怪一族は、これより姫の指揮下に入る!なんなりと申し付けるがよい。」
そう言った大天狗の背後に、ヤマタノオロチをはじめ、天狗衆、九尾の狐、だいだらぼっち、鵺、牛鬼、龍、がしゃどくろ、雲外鏡、疫病神、 八咫烏など幾千の物の怪の影がゆらりと浮かび上がった。
「ありがたき幸せにございます。皆様方のお気持ちは決して無駄にはいたしません。日ノ本を守るため、この身を捧げる覚悟でございます。」
かぐやは、深々と頭を下げ、戦況を逆転させるための意見を大天狗と交わしたあと、龍を一匹借り受けて次なる目的地に向かった。
【かぐや 西へ】
かぐやは、風を切る龍の背中にしがみつき、西洋軍本陣上空の巨大な暗黒空洞に向かった。
目指すは、暗黒空洞の先にある西洋童話界だ。
西洋軍が出現したときから、かぐやは強烈な違和感を感じていた。
自分の知っている西洋童話界の友人たちは、決してこのような蛮行を許すような人々ではなかった。
向こうでも何かが起きている。かぐやの直感がそれを告げていた。
まずは、それを確かめなくては。
龍の前方に、禍々しく渦を巻く暗黒空洞が見えてきた。
西洋軍の本陣上空にさしかかり、四方からドラゴンやハービーたちの迎撃部隊が襲い掛かってくる。
だが、龍のスピードはそれらを遥かに凌駕している。
かぐやを乗せた龍は、さらにスピードを上げ、敵をひらりひらりとかわしたあと、ひとすじの流れ星の如く暗黒空洞に飛び込んでいった。
(続く)