【童話大戦争】②浦島太郎軍VS西洋軍「静かなる開戦」
海では、異様な光景が広がっていた。
対峙する浦島太郎軍と西洋軍の双方が、まるで魂が抜けたように動きを止めていた。
海賊船の甲板では、海賊たちがサーベルをだらりと下げ、呆けたように立ち尽くしている。
上空に展開するドラゴン師団20匹も隊列を乱し、フラフラと無秩序に宙を舞っている。
一方の浦島軍の殺戮部隊も巨大生物部隊も、無防備な状態で動きを止めている。
クジラ部隊も海面に浮上したまま、波に揺蕩っている。
このとき、戦場で荘厳に響き渡っているのは、浦島軍の人魚部隊が発する、深い魂を揺さぶり、理性を失わせる誘惑的な歌声と西洋軍のセイレーン部隊が発する人の心を惑わす蜜の如く甘美な歌声であった。
奇しくも両軍の陽動部隊の誘惑攻撃が初手で激突したのである。
その歌声は、敵軍兵士の心に狡猾に忍び込み、捉え、震えさせ、思考能力を奪い去った。
両軍の歌声が次第に熱を帯び、互いに交錯し、共鳴が最大限に達したそのとき、ぷつりと歌声が途切れた。共鳴振動が両軍の陽動部隊の声帯を一挙に破壊したのである。
戦場を突然の静寂が支配した。
ハッと我に返った両軍は、間髪を入れずに戦闘の火蓋を切った。
海賊船団の旗艦ジョリー・ロジャー号の甲板で、フック船長が野太い声で号令を出す。
「砲撃開始!標的は竜宮城!接舷したら乗り込むぞ!」
四方八方から凄まじい砲撃が竜宮城を襲う。竜宮城のあちこちから火の手が上がり、海面にバラバラと城の破片が降り注ぐ。
海賊船団から少し離れた商船の上では、シンドバッドが腕組みをしながら戦いの状況をじっと見つめている。
浦島太郎が、いつもどおりの落ち着いた声で指令を出す。
「砲門を開放してください。竜宮城の装甲は堅固です。慌てずに海賊船の接近を阻止してください。城砲の30%はドラゴン迎撃に温存してください。」
竜宮城の四方の壁から80門に及ぶ砲塔が出現し、海賊船に猛烈な反撃を開始した。両軍の砲弾が激しく交錯し、海賊船から火の手が上がり始める。
間髪を入れず、浦島軍のクジラやシャチが海賊船に体当たりを繰り返し、巨大生物軍団が、海賊船を次々に海に沈めていく。
浦島軍が怒涛の波状攻撃を仕掛けた。
ここで、シンドバッドが動いた。
「クラーケン部隊はフック船団の支援を!シーサーペント部隊は敵の退路を絶て!」
クラーケン部隊が浦島軍に突進し、巨大生物同士の戦いが始まった。
戦況が拮抗する中、陣形を立て直したドラゴン師団が上空から竜宮城に強襲をかけた。
浦島軍は、温存していた城砲で迎撃を試みるが、ドラゴンは火線をかいくぐりながら竜宮城の周りを飛び回り、火を吐き、鋭い爪を叩きつけ、城を破壊していく。
形勢が一挙に西洋軍に傾いた。
浦島軍がドラゴン迎撃に気を取られていると、いつの間にか20隻ほどの海賊船が竜宮城に接舷し、海賊たちがわらわらと乗り込んできた。
先陣を切って暴れ回っているのはフック船長だ。豪快にカギ爪を振り回しながら城門をこじ開けようとしている。
「お宝は、恨みっこなしの早い者勝ちだ!全部奪い尽くせ!」
フック船長の檄に海賊たちが雄叫びを返す。
「いったん海中に戻りましょう。乙姫参謀長、潜航の用意を!」
形勢不利と見た浦島太郎の命令に、乙姫総参謀長が悲痛な声で応える。
「浦島様!竜宮城、潜航不能です!シーサーペントの大群が竜宮城の下に絡みついています!」
沈着冷静な浦島太郎もさすがに眉を曇らせた。
「むぅ。これほどの戦力差があるとは…。」
家老の海亀が不安そうな目で浦島を見た。
浦島太郎が玉手箱に手を伸ばし、苦渋の決断を下そうとしたそのとき、突然、西洋軍の動きがぴたりと止まった。
再び、浦島軍の人魚たちの荘厳な歌声が戦場に響き渡ったのだ。美しく切なく妖艶な歌声が西洋軍にねっとりと絡みつく。
遠方の各要衝に配備されていた人魚たちが、水中最高速度を誇るバショウカジキ部隊の支援によって遠路帰還してきたのだ。
海賊船からの砲撃もドラゴンの攻撃も途絶えた。
竜宮城下のシーサーペントたちも力なくゆらゆらと離れていく。
しかし、遠方から馳せ参じた人魚たちの体力も急速に尽きていく。
その表情が苦痛に歪んでいく。
一人またひとりと戦列から人魚が離脱し、次第に歌声が弱まっていく。
もう時間はない。
「浦島様!潜航、いけます!」
乙姫が振り向いて叫ぶ。
「みなさん、ここは一時撤退します。しかし、これは敗北ではありません。戦略的撤退です。軍をもう一度立て直します。」
浦島太郎が、冷静に、しかし、無念を滲ませた声で全軍に撤退命令を出した。
破壊の跡が痛々しい竜宮城は、クジラたちに守られながら、静かに潜航を開始した。
(続く)