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【童話大戦争】③ 金太郎軍VS西洋軍 「二転三転」

 金太郎こと坂田金時は、西洋軍の進軍が始まると同時に、即座に前線を後ろに深く下げ、山中に陣を張る決断を下した。
 
 日本童話界を制圧するのに十分なつわものと騎馬は揃っていた。主戦力となるであろう物の怪たちもある程度は参集してきた。山の動物たちも微力ではあるが戦力にはなるだろう。
 だが、金時は本能的に分かっていた。この戦力では西洋軍には勝てないだろう。今は、防衛に徹するしかない。
 
 それにしても、物の怪たちの翻意が痛かった。
 酒呑童子によれば、参集の直前に物の怪たちの最後の話し合いが持たれたそうだ。

 そこで、物の怪一族は主戦派と静観派と厭戦派の三派に分裂し、最終的にぬらりひょんを頭目とする主戦派のみが金太郎軍に合流することになった。物の怪一族のわずか二割程度の戦力だ。

 静観派の頭目ヤマタノオロチは、まだ動く時機ではないと含みを持たせながら参戦を見送った。

 一方、大天狗を頭目とする厭戦派の拒否感は凄まじかった。
 「なぜ、我々が人間に与しなければならぬのか。いくら童話界統一の大義があるとしても、我々と人間はそもそも相容れぬ存在ではないか。」
 大天狗は、ぬらりひょんの度重なる説得に全く取り付く島もなかった。

 山中の本陣で、金時はぼんやりと考えた。
『この戦が、日本童話界の内戦から世界戦争に変わった今、厭戦派の奴らは何を考えているのだろうか。』
 

 金時は、騎馬を本陣から離れた安全な平場に待機させ、つわものや物の怪や動物たちと山中の本陣に籠った。本陣への道は細く険しい。その上、物の怪部隊の雪女が山道を雪と氷で閉ざしている。陸路を攻めてくるのは容易ではないだろう。

 問題は、空の守りだ。ドラゴンや魔女たちが襲来してくるのは必至だ。
 天狗衆や龍たちがいれば互角に戦えるのだろうが、彼らは厭戦派や静観派だ。
 山の利を生かし、山中に散開することで、できるだけ被害を少なくするしかないだろう。

 そのとき、山裾やますそから西洋軍の雄叫びが聞こえてきた。
 はだかの王様軍団の騎士や巨人が、オオカミを先導に、苦労しながら山道を登ってくる。

 「やっと来ましたなあ。金太郎様、ここは我らにお任せください。」
 とても主戦派の頭目とは思えぬ、のんびりした声でぬらりひょんが言った。 

 物の怪の軍団長ぬらりひょんは、ひょろ長い頭が特徴的な、質の良い和服に身を包んだ好々爺然とした老人である。しかし、その見かけによらず、実は、狡猾で冷徹な策士である。

 ぬらりひょんは、西洋軍を山腹のひらけた場所まで敢えて招き入れ、そこで雪女に大雪を降らせた。一寸先の視界もないほどの風雪に、西洋軍はあっと言う間に雪に埋まった。
 そして、山の中腹で大入道に地団太を踏ませた。
 最初にサラサラと流れ始めた雪の流れは、やがて雪の津波となり轟音とともにはだかの王様軍団を飲み込んだ。

 そのころ、上空からドラゴンと魔女の混合部隊が攻撃を始めた。

 木々が生い茂る山中に降り立っては、ドラゴンは身動きが取れない。上空から火を噴いて金太郎軍を攻撃するが、散開する金太郎軍に致命的なダメージを与えることはできない。
 燃え上がる木々には雨女や雨男たちが集中的に雨を降らして消火に当たっている。

 飛び交うドラゴンに対して、隙をついて一反木綿が絡みつき、動きが鈍ったところに兵たちが一斉に矢を浴びせかける。
 バランスを失って山腹に激突したドラゴンを、頼光四天王や酒呑童子が仕留めにかかる。

 なかなか戦果を上げられないことにいら立ったドラゴン部隊は、しばらく間上空を闇雲に飛び回っていたものの、やがて西洋軍本陣に引き返していった。

 一方、ほうきに乗った魔女軍団は、木々の合間を小回りを効かせて飛び回っている。そのスピードは存外に速く、兵たちが放つ矢の雨を軽々とくぐり抜けていく。
 魔女たちは、金太郎軍の兵士を見つけると、素早く魔法の杖を振り、彼らをカエルに変えたり氷に閉じ込めたりして無力化していった。

 だが、ここでもぬらりひょんは用意周到だった。
 あらかじめ、土蜘蛛にあちこちに強靭な蜘蛛の巣を張らせておいたのだ。
次第に魔女たちが蜘蛛の巣にかかり始め、罠に気づいた魔女軍団は悔し気に撤収をはじめた。

 「ほっほっほっほ。愉快愉快。」
 ぬらりひょんが、扇子で膝をぽんと叩きながら満足げに笑った。

 やがて夜のとばりが落ち、西洋軍を撃退した金太郎軍がときの声を上げ勝利を喜んだ。兵や物の怪や動物たちが入り混じり、握り飯でささやかな宴が開かれた。

 しかし、西洋軍恐れるに足らじと意気軒高な金太郎軍の背後に、小柄だが屈強な体躯をしたドワーフの大軍が突如現れた。
    戦斧や戦槌を携えたドワーフたちが、地中を掘り進み、金太郎軍の本陣の真後ろに出現したのだ。
 太陽光に弱いドワーフにとってこれからが本番の時間だった。
 
 勝利に酔っていた金太郎軍は、予想もしていなかったドワーフの襲撃に総崩れになった。

 それから間を置かず、ドワーフが掘った穴を通ってゴブリン軍団が到着し、西洋軍が一挙に有利に立った。
 西洋軍は、機を逃さずに畳みかけてきた。
 この混乱に乗じてモルガン・ル・フェイ魔女部隊長自らが先頭に立って、魔女部隊の第二波が飛来し、物の怪たちと交戦を開始した。
    怪鳥ロックにぶら下がったトロールたちが、金太郎軍の本陣の真上にどすん!どすん!と空爆の如く降下してきた。

    ここまでの乱戦になってしまうと、もはやぬらりひょんの奸計も出る幕はない。ぬらりひょんは、次戦に備えて、いち早く戦場を離脱した。
 一方、頼光四天王や酒呑童子は必死の抵抗を試みた。金時が怪力を活かして暴れ回る。渡辺綱わたなべのつなが愛刀鬼切安綱おにきりやすつなを乱舞させる。卜部季武うらべすえたけが自慢の弓で敵を射る。碓井貞光うすいさだみつが七尺もある長柄物で敵を寄せ付けない。酒呑童子は、ゴブリンを投げ飛ばし、ドワーフを蹴り飛ばす。

 しかし、圧倒的な戦力を投入した西洋軍団が、金太郎軍をじわりじわりと追い詰めていった。

 暗闇の中の激しい戦いは二時間を超えた。
 仲間たちとはぐれた手負いの金時が、ゼイゼイと息を切らして大木の根本に座り込んだ。
 それを待っていたかのように、ザザザザっと木々を揺らし、ドワーフたちが頭上から襲い掛かってきた。
 一瞬の隙を突かれた金時が死を覚悟したそのとき、咆哮とともに家来の年老いたクマが突進しきて金時の上に覆いかぶさった。
 ドン! ドン! ドン!
 ドワーフの斧や槌が相次いでクマの背中に突き刺さる。

 「このたわけがっ!わしに構うなっ!」
 ぐったりとしたクマの身体の下で、金時が悲痛な叫び声を上げた。
 クマは、グルルル…と満足気に喉を鳴らすと、金時の頬をペロリと優しく舐めた。

 一瞬の静寂のあと、クマの身体がググッググッと持ち上がり始めた。
 憤怒の表情でクマを頭上に持ち上げているのは、おかっぱ頭に腹掛け姿の金太郎だった。

 「クマっ!絶対死なせないからな!それから、お前ら!絶対に許さねえぞ!」
 金太郎にギロリと睨みつけられたドワーフたちは、その燃え上がるような闘気に怯えた様子でジリジリと後退し、すばやく踵を返して逃げ出した。

 「お前らっ!みんなを安全なところに誘導してくれ!」
 金太郎の命令で、ひっそりと身を隠していた山の動物たちがつわものたちを安全な場所に誘導し始めた。

 金太郎はクマを背負い、マサカリでドワーフをなぎ倒しながら、山の奥へと消えていった。

(続く)


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