人と昆布と、礼文島
北海道・稚内からフェリーで2時間。8月の頭に、ほぼ北限に近い位置にある、礼文島へ行ってきました。
スープ作りには欠かせない昆布の産地を訪れることは、私の大きな願いでした。しかも、礼文といえば、最高級の利尻昆布の産地です。今回は、2泊3日の旅で見てきた利尻昆布の話をここにまとめておこうと思います。
だし昆布、しかも利尻昆布限定というニッチな内容。proactiveな茂木健一郎さんの「書くことが自分との対話であると考えれば、極言すれば読者はゼロでも良い」という昨日のnoteの言葉に勇気を得てアップします。
礼文島の基礎知識
礼文島は北海道の北部にあります。北海道の稚内から西方へ、フェリーで約2時間。氷河期の名残から、海抜ゼロメートルで高山植物が見られるという、美しき花の島でもあります。縦方向が25kmほど、人口は約2500人。礼文島のすぐ南にある丸い島は利尻島。中央に「利尻富士」と呼ばれる山がそびえ立ち、晴れた日は最初の写真にあるように、礼文島からその美しい姿を拝めます。
礼文島は、利尻昆布(りしりこんぶ)の産地として知られます。
中でも香深(かふか)浜で獲れる昆布は利尻昆布の中でも別格扱いとされていて、クリアで澄んだ出汁が懐石料理のお吸い物には欠かせないと、京都の料亭などに愛用されているのです。
香深は礼文島の南部。主に島の南と東側沿岸に人々は集中しています。島の西側は寒さや冬の風が厳しいそうで、道路もついていません。
礼文島では、低地に高山植物が群生しています(最も有名で希少性もあるのは、レブンウスユキソウ)。高山植物の多くは、気候や地形によって島の西南部に多く見られるとのこと。自然のことですからはっきりした原因は不明ながら、この特殊な植生が海に流れ込む養分となり、昆布にも影響するのかなという感想を持ちました。
昆布漁
私たちはふだん、干されてカットしただし昆布しか目にする機会がありません。しかし、もちろん最初からあの形なわけではなく、昆布漁をし、干して、カットして、寝かせて、ようやく出荷となります。ここからは私が見てきた昆布の製造工程を、つぎはぎながら、流れでご紹介します。
利尻に限らず、昆布漁は、7月の半ばに解禁日が定められています。
もちろん解禁になっても、天気が悪ければ漁には出られません。今年は首都圏でも梅雨が長引きましたが、礼文もずっと悪天候続きで、今年最初の昆布漁は、なんと私たちが到着した前日、8月3日でした。そもそも礼文は天気があまりよい土地ではなく、ワンシーズンのうち、昆布の漁ができるのはわずか10日間ほどだそうです。
海藻である昆布は、海底からゆらゆら生えています。驚いたことに、昆布漁は、この昆布を、小舟に乗った漁師が、ねじり切るための「かぎ」と呼ばれる道具を使い、1株ずつ獲っていくのです。
これはウニ漁なんですが、近くで撮影できたのでご覧ください。昆布漁も同じスタイルです。
スコープのようなのぞきめがねで海底を見ながら。しかも、漁をしつつ舟をコントロールするのです。写真の漁師は手元の機械で舟をあやつっています。
さらに、ベテラン漁師たちには、櫂を足で漕ぎながら、上半身で漁をするアクロバティックな昔ながらのスタイルでやっている人もいます。
また、潜って獲らないのは「獲りすぎない」ためだとのこと。これには、あっと思いました。
昆布の一生
昆布は、基本的に2年生の海藻です。初年度は細く小さな昆布が出てきて、やがて秋には枯れます。冬になると再び新しい昆布が生えてくるのですが、これが大きく育ち、収穫できる昆布となります。長いものは2メートル以上にもなるのです。
写真は天然の昆布。端が黄色くなっているのは枯れかけていて、獲りごろのしるし。
撮り忘れたのですが、養殖のためのロープが船着き場にありました。ロープにまず種付けをし海に沈め、ある程度大きくなったものを間引くために採ります。これを2年目は苗のように植え付けて、陽を受けやすいようにロープをコントロールすることによって、天然の昆布より大きく成長させることができます。
収穫した昆布は、水洗いし、その後乾燥させます。乾燥には、昔ながらの天日干しと、機械干しがあります。
乾燥
さて、今回、貴重だったのは、昆布の天日干しの現場を見学できたこと。昆布は早朝5時ごろから敷き詰められた小石の上で干します。干すのは、たった2日間のみ。しかも2日目は2時間ほどの仕上げ干しなので、1日だけで、ほぼ乾燥させてしまうということになります。
1枚ずつ、手で干していく。子供も朝5時から手伝っていた
海岸沿いには、このような干場が点々とあります。石の上で干すのは、砂などの汚れがつかないということ、また石自体が太陽の熱で温められ、乾燥を促進させるメリットがあります。
並べられた昆布、圧巻!
一日乾燥させた昆布は、まとめて縛り、室に入れます。昆布によっては重しをのせ、平たく形をととのえるそう。2日目は、わずか2時間ほどで取り込みます。
乾燥前の生の昆布は長持ちしないので、天日干しにこだわる場合、昆布漁は基本的には翌日も晴れるという予報のときしか、できません。干している間も、雨に当たると昆布が台無しになってしまうから、天気予報からは目が離せないとのこと。
機械で熱い風で乾かした昆布と天日で自然に乾かした昆布では、やはり味が違います。とはいえ、天気が続くわけでもないので、天日干しにこだわるという人は少数。どうしても機械に頼らざるを得ない部分はあり、ほとんどの昆布は機械で干されています。
最後までこだわって手で干している山本商店の昆布をぜひ味わってほしいです。今年の昆布は現在熟成中。これだけの手間を考えると、値段が驚くほど安いことがわかるかと思います。
成形
乾燥した昆布は、カットして成形します。昆布小屋に見学に行くと、この日は養殖昆布の加工をやっていました。
積み上げられた昆布!そして1枚の昆布の長さ!
この部屋にあったのは、1等に分類されるような立派な昆布でした。
昆布の等級は、味ではなく、基本的に形と大きさで決まります。幅があり肉厚で、傷や穴がなく(ちなみに穴は、ウニが食べた穴です)、色が美しいものが、上等の昆布です。これは、昆布が昔から贈答品や献上品として使われてきたという歴史にもよるかもしれません。決して1等がおいしさの最上級ということを意味するわけではなく、多少小さめ、細めの3等、4等ぐらいの昆布にも負けないほどおいしいものがあるそうです。
長さを揃え、また端の枯れた部分を切り落とし、完成です。昆布は寝かせて熟成させておいしくなります。福井県にある昆布の老舗問屋・奥井海生堂では昆布を1~3年寝かせたものを“蔵囲い昆布”と呼んでいます。
乾燥させた昆布には自然なしわが寄りますが、たまに、のし板のように綺麗にピシーッと延びた昆布も見かけます。これは、熱を当てて昆布をのしてあり、いわばヘアアイロンで髪を伸ばすようなもので、見栄えは美しいですが昆布にはストレスがかかります。見栄えを優先した贈答品用と考えればよいでしょう。
昆布を1枚ずつカットしていきます。端の枯れた部分は切り落とします。
Dashi Jouney~だしの旅
さて、今回の礼文島ツアーは、フレンチレストラン・レフェルヴェソンスの生江シェフと礼文島の昆布生産者である漁師・山本さんの交流が、そもそものはじまりでした。このツアー中「Dashi Jouney」というショートムービーの上映会がありました。
ムービーは、生江シェフがかつお節と昆布の産地と人を訪ねるというドキュメンタリー。私も使っている鹿児島・枕崎にある金七商店の本枯節、そしてこの礼文の昆布を訪ね、だしのストーリーを追うものです。道中、生江シェフにかつお節や昆布だしを店の料理に使うか伺ってみたところ、とてもよく使うとの話でした。だしだけでなく、粉末にするなど、さまざまな形状にして利用するのだそうです。
こちらは昆布とともに紹介されている、金七商店のInstagram。
昆布も、かつお節も、漁から加工まで、実に多くの人の手間ひまをかけて、私たちが見かける形、味わえるだしになっていきます。もともとは自然のものでありながら、そこに漁師や職人たちの手が加わることで、素晴らしい味わいに昇華する。さらに料理人の手によって多くの人へ伝わっていく。その人々の連鎖に美しさを感じます。
昆布の利用法
宿泊したホテルの温泉から出たところに、大きな氷水が入った桶があったのですが、これが昆布水でした。昆布だしよりも淡い、すっきりした味わいで、風呂上がりの体にしみわたります。家に帰って作ってみました。
昆布水は、北海道の昆布の産地の方には、わりと馴染みがあるもののよう。今回ご一緒した昆布大使の松田真枝さんが、レシピも出してくれています。
帰宅してから、昆布だしを使ったスープも作ってみました。
昆布入りのミネストローネ。だしも昆布です。
昆布だしのお吸い物。小さく切った豆腐を入れました。
さあ、大変長くなりましたが、昆布の話、いかがでしたか。
礼文は昆布だけではなく、美しい景色、海、高山植物など、見どころも多く、また島民の人柄もあたたかくて素敵な島でした。ぜひ、みなさんも機会があったら訪れてみてくださいね。