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【読書】知ることで救われる 谷頭和希『ニセコ化するニッポン』
大手町(東京)に転職して15年経つ。あの日、工事中のビルのてっぺんでクレーンがゆらゆら揺れていたのを覚えている。
あれから多くのことが変わった。東京駅の地下道の工事も終わって駅が近代的になったと思ったら、ここ数年で一気に外国人観光客が増えた。
インスタグラムは外国人向けや外国人作成のキラキラしたTOKYO紹介動画であふれている。
生まれ育った東京が、知らない町のようだ。
観光客が多いのはよいことだ…と思う。でも、多すぎるのでは?と思ってしまう。
ここは誰の町なんだろう、と複雑な気持ちになる。
谷頭和希『ニセコ化するニッポン』(株式会社KADOKAWA)はそんなモヤモヤを解きほぐしてくれる。この本を読むまでは、大量の外国人を見たりニセコのニュースを聞いたりするたびに、正直きつかった。「世界に立ち遅れた日本」の現実を見るのがつらすぎた。
『ニセコ化するニッポン』は、そんな私に、この状況をより大きな目で見る方法を教えてくれた。分断化が進む世界の中で、押しつぶされずに生きていくための希望を与えてくれた。
希望は現実を見ることから始まる。
『ニセコ化するニッポン』は、日本の置かれている現状に対して目をつぶらない。ニセコが、一泊10万円以上はザラというニセコの価格設定が日本人客を排除しているとはっきり書くし、渋谷はもう若者の街ではないと言い切る。「豊洲 千客万来」の高額っぷりを知らせ、東京ディズニーランドの「高級化」について言い訳をしない。
ニセコで起きていることは、日本の縮図であると谷頭さんは主張する。
「ニセコ化」とは「選択と集中」によってその場所が「テーマパーク」のようになっていく現象を指す。「選択と集中」にはいい面もあるが、裏では「静かな排除」が進んでいる、と谷頭さんは言う。
谷頭さんは、「静かな排除」という残酷な現実を書くが、負の側面をあおる書き方はしない。また、マーケティング用語を多用して経営者か誰かのような視点で書くこともしない。あくまで、一般人の視点からフラットに書く。それは、例えば、「一般庶民からすれば頭の上に「?」が浮かんでくるほどの価格設定」とか「富裕層は「何もしない贅沢」を楽しむ……らしい」という言葉遣いに現れている。彼のスタンスは、ウォッチャーとして、現実を一歩引いて提示するというもの。その価値観を強制したり、批判したりしない。
ニュースやインフルエンサーらの情報の洪水は、知識を与えてくれるようで逆に何が起きているのかを見えにくくする。その中で『ニセコ化するニッポン』は、物事の核を取り出して、理解できるように提示してくれる。
本書は、「ニセコ化」という現象が、ニセコだけでなく、あらゆる場所で起きていると主張する。大型スーパーの没落もファミレスの衰退も「ニセコ化」という視点で読み解かれる。事例が多すぎるのでは、と思うほど分析は多岐にわたる。ニセコ、新大久保、スターバックス、イトーヨーカドー、びっくりドンキー、丸亀製麺、ヴィレッジヴァンガード……。さらに、「こんまり」も「ホス狂」も登場する。片づけの魔法が一体「ニセコ化」とどう関係があるのかと思う人はぜひ本書を読んでほしい。
「ニセコ」自体に興味のある人は、もっと狭く深く分析してほしいと思うかもしれない。でも私には、事例の多さは、読者に社会を理解するためのツールを与えたいという著者の意思だと感じられた。
『ニセコ化するニッポン』は、「ニセコ化」という切り口を示すことによって、また、「選択と集中」の功罪を示すことによって、社会を理解するツールを私に与えてくれた。現状に立ち向かうために知識という力を与えてくれた。
自分のおかれている状況を理解したい人全員に『ニセコ化するニッポン』をお勧めする。