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ケイティは怯えていたのかもしれない【八〇〇文字の短編小説 #45】

ノーマンはコーヒーを飲みながら、二十年ほど前、ケイティが沈むような表情を浮かべた場面を思い出していた。

ケイティの誕生日の数日前、学校帰りにブロードゲイト通り沿いにある広場に向かった。ユースホステルと村役場の中間くらいにある広い原っぱに並んで座ると、ケイティが「このあいだ、面白い映画を観たの」と切り出した。

「マリアンヌ・フェイスフルって知ってる?」

「聞いたことないな」

「歌手で女優よ。夜遅くにテレビをつけたら、そのマリアンヌが出ていたの。

『あの胸にもういちど』という映画だった」

「どんな映画なんだい?」

「不倫相手にオートバイに乗って会いにいく話よ。ただそれだけ。でも、ラストシーンが衝撃的なの。愛とか人生について否応なく考えさせられたわ」

「どんな結末?」

ケイティは少し黙って「それは言えないわ」と言った。「結局のところ、神様はいるかもしれないし、いないかもしれないってことよ」とつぶやいた。

ノーマンはまだ幼すぎて、ケイティの言葉の意味がわからなかった。少し悔しくて、芝生をちぎって空に向かって投げた。芝生は風に吹かれ、頭の上を過ぎていった。ケイティはうつむいたままだった。

それから、ケイティは「パパとママにホテルを継いでほしいと言われているの」と話した。「いくらなんでも気が早いわよね。それに、わたしはわたしの人生を生きたいわ」

今度はケイティが芝生を空に向かって投げた。ケイティの沈むような表情が合図のように雨が降り出すと、二人は鞄で頭を覆い、大きな木の下まで駆けていって雨宿りをした。

小雨が降り続くなか、ノーマンは「ケイティ、十四歳の誕生日をお祝いするよ」と言った。ケイティは「ありがとう。何をプレゼントしてくれるの?」とかすかに笑った。

ノーマンはいまならあの寂しそうな笑顔の意味がわかるような気がした。ケイティは大人になっていくことに、人生がかたちになっていくことに怯えていたのかもしれない。

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