映画 『 川のながれに 』
この場所に居続ける。それに特別な理由はない。川はながれつづけることで、いつかゆっくりと地形さえも変えていくのだから。緑多き、水の豊かな、ひとのこころある、空の高いこの場所に、ずっと。
今年一番のこの記事、普段はある程度の期間に観た映画をまとめて一記事にしているのですが、今回はこの映画だけをスペシャルに別枠で取り上げたいと思います。
その理由はズバリ直球、「私情」です。
こちらの映画『川のながれに』の脚本・監督・編集の杉山嘉一氏は、古い映画友のひとりなのです。
他にも映画『HIRAKATA』や、ドラマ『探偵事務所5』『そして、ユリコは一人になった』などいくつか観ているのですが、一番好きなのがイマジカBS20周年記念のドラマ『いつも まぢかに』。
……と言いつつも観たのがかなり昔なので細かいストーリーとかはすっかり抜けてしまっているのですが、それでも今も印象に残っているのが光と影のトーンのやわらかさ。キャラの呼吸の湿り気までが届くような、手触りの良い絵の美しさでした。
今回の『川のながれに』を観ていて、あの映像の感触を思い出しました。秋の山並みも流れる川も街中の風景も、どれも色味が落ち着いていて、ぐっと抑えた控えめトーン。でも現実の紅葉って確かにこれくらいなんだよなと思う。
特にネットにあげられる紅葉写真なんて、最近はかなり彩度を上げたぎらつくような赤さの目立つものが多くて、あれはあれでポスターなんかにするには充分綺麗で素敵なのですが、もしも本当にあんな色合いの紅葉が家の隣にあったりしたらかなり疲れる。本当に日々の暮らしにあって、朝に晩に眺めてこころの潤いになるのは、やっぱりこういう風景なんだろうな。
映画の後に出ていった他の観客の人が口々に「マイナスイオン出てたわー」言うてました。さもありなん。
予告やサイトあらすじを見た時にはもう少し暗いトーンの話かと思いましたが、全然そうではなく、ひたすら穏やかでゆるやかでやさしい話でした。あんしん。
大好きな画家・川瀬巴水が取り上げられていたのも嬉しかった。本当に好きなんですよ。
ちなみに巴水が好きな方は吉田博もきっと好きになりますよ。もしご存知でなかったらぜひ。
今回、前田亜季さんが演じる、巴水の絵を追いかけつつイラストを描く森音葉のモデルになった、加藤槙梨子さんのイラストが本当に良い。どれも素晴らしいのですが、特に好きなのが夜の街並みを描いたもの。一度も行ったことのない場所なのに、「帰りたいなぁ」ときゅうんと郷愁をそそられる。
それなのにこの絵をふくめ、パンフに全部の絵が載っていなかったのが残念。これ、セットの絵葉書にしてパンフと一緒に売ってほしい。買います。
なすしおばら映画祭から派生した作品だそうですが、地元応援としては最高に素晴らしいと思います。街並みも自然もひとも温泉も食べ物もステキ。
スタンドアップパドル(SUP)、あれやりたくなりましたもん。寝っ転がれるの最高だなあ。山紫水明に没入できそう。
若手女優お二人の演技は少し固いかなと思いましたが、途中にほんとに一シーンだけ出てきた青木崇高さんの存在感が抜群でありました。なんだこのナチュラル空気感。
「演技してる感」がかけらもなく、まさに「居酒屋で隣から聞こえてくる会話」。本当に自然でした。凄いなやっぱり。
地元の世話役を演じる三上市朗さんも良かった。わたしこの人、劇団M.O.P.時代からとっても好きなんですよ。特に声が好き。熊鍋が似合うこと(笑)。
これを書いている時点では京都みなみ会館、高知あたご劇場で公開されているようです。21日から愛知のシネマスコーレで。
「うちの地元でも観たいな……」と思われたそこの皆様、ぜひ地元のミニシアターさんにお声がけの程!
※※ここから内容に触れますのでネタバレ気になさる方はご注意※※
そういう訳で特に好きなシーン3つ。
1・奇跡のペンキャッチ
これはもう最高のボーイ・ミーツ・ガールじゃないですか? 映画が始まってすぐ、一気にこころを掴まれます。抜群。
2・親父を川に突き落とす
100%自分勝手な親父のぐだぐだ語りを「判らない」と言い切るのが好き。
そう、別に得手勝手な親の言い分を一方的に押し付けられる子供の側は、そんなの判ってやんなくたっていいし、でも判んなくったって繋がりを形成することは可能なんだよね(なお、世の中には真の「毒になる親」が存在するので、そういう輩がすり寄ってきても繋がらなくて全然OK。重要なのは「自分の幸福」です)。
3・ケンジ滝壺ダイブ
何が良いって、水から上がってきた時に、今までずっと厚い前髪で隠されていた額と目とがあらわになったところ。
大変な解放感を味わいました。あの弾け方はとても良かった(一瞬で乾いて元に戻っちゃったけど(笑))。
余談ですが、自分はちょっとでも目に髪がかかるのが本当に耐えられないので、あれでずーっと平気な人ってすごいなと思います。あのぶ厚く目ギリギリ前髪、圧倒的に男性に多い気がするのですが、男の人は目が強いのか。ケンジ役の松本享恭さん、サカナクションの山口一郎氏に激似。
反対に「ここはちょっと微妙だ」と思ったのはこれ、「台詞で説明し過ぎ」。
こんなにも何もかも言葉にしなくてもいいんじゃないかな。この雄大で美しい自然、落ち着いた街並み、俳優さん達のたたずまい、そして映画を観る観客の受け止め力をもっと信じても良かったんじゃないかと思う。
具体例をひとつ言うと、若女将がSUPのガイド屋の女性に「ケンジさんはとっても誠実で穏やかでやさしいんです」と語るところ。
観ている側は、その前のケンジの仕事シーンや、自分のちゃんとした弁当があるにもかかわらず若女将の持ってきた不恰好なお弁当を「これだけじゃ足りなくって」と頬張る姿に、そんなことは全部判ってる訳ですよ。このひとは誠実で穏やかで気配りができてとてもやさしい。それをいちいち言葉にしてリピートさせる必要はなかったんじゃないかしら。
ここ以外にも「絵で見えているのに言っちゃうのか……」と思うところがあって、ちょっとくどさを感じてしまいました。もっと役者さんと自分のつくる絵と観客を信じて大丈夫ですよ、監督。
あと、映画の内容そのものってんじゃないんですが、冒頭に出てきたタイトルの字体がもう最高に良かったのに、何故かポスターやパンフの表紙には使われていないのが残念すぎる。ちなみにトップ画像のタイトル文字がそれで、予告編からキャプチャしました。
こちらもイラスト担当の加藤槙梨子さんデザインだそうで、本当に良いものなのに、「なぜ!??」と愕然としました。これは本当にもったいない。とりわけ「川」の字が素晴らしい。フォントが喚起するイメージ、とても大事ですよ。
しかし総じて良い映画でした。何が良いって「この映画を観ると那須塩原に行きたくなる」のが最高に素晴らしいことじゃないですか? 自分が地元民なら胸を張ってよその地方の人に薦められる映画です。
良い映画をありがとう!>杉山監督
それにしても、ラストのイラスト……音葉、ちゃっかりしてんな……(笑)。