見出し画像

ひとりになる場所

私には、今、自分の部屋がない。

今、と書いたけれど、結婚して以来、ずっと自分の部屋はない。

まだ、結婚する前、実家に住んでいたころに見ていた朝の連続テレビ小説「ひらり」。ストーリー展開の大筋も、石田ひかりが演じた主人公のキャラクターもぼんやりとしか覚えていないのだけど、印象深いエピソードがひとつある。

伊東ゆかりが演じた、主人公のお母さん。娘たちが20歳と25歳になり、子育て卒業した専業主婦。
彼女は、家族に内緒で部屋を借りた。
仕事部屋でもないし、誰かと浮気をしていたのでもない。
ひとりになる空間が、欲しかった…らしい。

当時の私には、なんだかぜんぜんピンとこなかった。
部屋を借りるのにかかるお金はどこから捻出したのか、という問題はさておき、その動機そのものが、わからなかった。
「自分だけの場所がほしい」。

実家にいた当時の私には、自分の部屋があった。
6畳の洋間。2階の角部屋で、出窓があった。
ベッドと机とクローゼットと、小物を入れるための引き出し、本棚。
机は、友人からもらい受けたアンティークだった(と、今書いていて、そのことを思い出した)。
それ以外は、特別凝ったインテリアはなかったけれど、お気に入りを詰め込んだ部屋だった。
私が普段着る服と同様、フリルとかレースとかパステルカラーの甘さはなかった。ちょっとカントリー風の落ち着いた色合いの部屋だった。
窓からは、隣接するお屋敷の庭に生えている大きなケヤキが見えていた。
そのころ好きだった、マイヤーズのラムのボトルとグラスを、深夜に本を読みながら飲む用に、バスケットに入れて部屋に置いていた。

その後、結婚して実家を出たので、一人暮らしの経験はない。
結婚してからは、平日の日中はほとんど会社にいたし、休日は友だちが遊びに来たり夫婦で出かけたりで、ひとりで家にいるという時間はほぼなかった。
子どもが生まれてからは、家は「くつろぐ場所」ではなかった。いつもとても慌ただしかった。
残業ついでに、たまに羽を伸ばして飲みに行く店が「くつろぐ場所」だったかもしれない。

そして、子どもが育ち、私は会社を辞めてフリーランスになった。
初めのころは自宅で仕事をしていたが、資料も増えたし手狭になったこともあって、3年半ほど外に事務所を借りていた。
経費削減および諸事情により、ことしの3月に自宅に仕事場を戻した。
タイミング的に、ステイホーム期間の始まりと重なったが、それはたまたまだった。

帰ってきて、自宅のリビングとして使っている部屋の一角に仕事場所を作った。
仕事場として使えるスペースが狭いことは、そんなに不便ではない。もともと、PC1台あれば、たいていのことがすんでしまう仕事だから。

問題は、その場所。
リビングの一角、背後にはキッチンがあるので、一人にはなれない。家族が出払わない限り。
なんやかんやと音はするし、話声も聞こえるし、WEBミーティング中に家族には静かにしてもらわなくてはならない。
そして、ひとりになってくつろぐ場所もない。

ドラマの中で、ひらりのお母さんが、ひとりになれる場所がほしくてアパートを借りた気持ちが、今はすごくよくわかる。
ひとりで、いたい。好きに、したい。ほっといてほしい。
…家族と別れて暮らしたいわけではない。
だけど、ほんとに狭くていいから、自宅の中でいいから、誰も入ってこない囲われた箱が欲しい。トイレくらいの広さでもいいから。
家族に腹が立った時。家族と関係ない悲しいことがあった時。友だちとゆっくりオンライン飲みしたい時。仕事に没頭したい時。

ひとりになれる場所が、欲しいよ。
これが私の心の中の叫びだった。
家族とたくさんぶつかり合ってきた、いちばんの原因は、これだったらしいことに、今さら気づいた。
「私は26年間、自分の部屋がないの」
と言葉にしたときに、あらためて、私も家族もびっくりした。
そうか、そうだったのか…ってね。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?