【織々ノ記】#61 継続と夢
2023年5月3日
3月から続いていた毎日更新が途絶えた。連続記録は59でストップした(毎週と毎月の記録は継続中)。
好角家なので、連続記録と聞いて思い出すのは、大相撲の連勝記録だ。歴代1位の69連勝を記録した35代横綱の双葉山は、その連勝が止まった時に「未だ木鶏たりえず」という言葉を残している。これは荘子の言葉で、「木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態」を指すという(ウィキペディアより)。
また、その双葉山を敬愛してやまない69代横綱白鵬も、自身の連勝記録が63で止まった際に「いまだ木鶏たりえず、だな」と語ったという。また、報道陣に対しては「これが負けか」ともつぶやいている。
今朝ベットから起きた時に、昨日更新していないことに気づいたのだが、まさにその時は「これが途絶えたということか」という心境だった。
白鵬の言葉のニュアンスとは異なるかもしれないが、自分の中では案外悔しいとかしまったとかそういう気持ちはなく、落ち着いていた。
かつての自分であれば、「続かないこと」に落胆してしまっていたかもしれない。が、この日記を始めて、「続かないことを気にしないこと」が続けるために1番必要な気持ちの持ちようだと学んだ。
先日の日記にも書いたが、毎日更新はあくまでも結果であり、目標ではない。もちろんnoteには継続更新のバッチがあるから、このまま続けていれば100日連続や1年間連続といった記録も達成していたかもしれない。
でも、それは繰り返しになるが、日記を更新する上での経過でしかなく、そのために日記を書いているわけではない。とにかく今自分が考えていることを言葉に表すこと、今日この日の自分を記録に残すこと、そのことが1番大事なことだ。
夢を時々見る。
いや、大抵の人は夢を見るものだし、その内容も多くは支離滅裂で、記憶に残る印象的なものはそうそうあるものでないとも思う。
ただ、自分の場合、昔好きだった人の夢を定期的に見てしまうのだ。
それも付き合ったことのあるかつての恋人ではなく、結局恋心を伝えることができなかった高校時代の思い人である。
彼女については、個人情報になってしまうし、もしかしたらいつか彼女に特定されてしまう可能性もなくはないので、詳しいことは書けない。
ただ、彼女はいつも夢の中でそのショートヘアをなびかせて、とびきりの笑顔で佇んでいる。思い出の中で内面化される彼女の姿は、3月の忘れな草のようだ。
もちろん卒業してから6年も経っているわけだし、未だに未練がましく恋情を抱いているのではない(と思う)。だのに、なぜか定期的に彼女が夢に出てきてしまうのだ。
昔の夢の感覚であれば、むこうが思いを寄せているのだろうが、まさかそんなこともあるまい。小町の「いとせめて恋しき時は」の歌も思い出されるが、わざわざ衣を返さずも夢に出てきてしまう。難儀なものである。
そういえば、8月に高校の同窓会があるらしい。もしかしたらそこで彼女と再会できるかもしれない。卒業してから学部1年の終わり頃に1度会う機会があったが、それきりなので、もし再会できたら実に5年ぶりのことだ。
その頃には進路は決まっているだろうか。noteの連続更新記録をまた伸ばすことができているだろうか。自分の気持ちに整理がついているだろうか。
まあ、どんなに妄想を膨らませても、未来のことは誰にも分からない。とにかく私は目の前のことに集中して、また明日から更新を続ける日々を送るだけだ。
(了)