300年変わらない「長命寺桜もち」は、白く、とてつもなくいい匂いがする。
たとえあんこが苦手でも、桜もちだけは。
小さい頃は、あんこがどうにも苦手でした。ふたりの兄が母の「かしわ餅」を喜んで食べる様子を見て、「あんこが食べられたほうがおやつの時間が楽しそうでいいなぁ」と思いつつも、「かしわの葉っぱを取ってくるのが楽しいからいいや」と割り切っていました。
でもなぜか、桜もちだけは好きだったのです。
桜もちって、西と東でまるで違いますよね。
関西ではもち米を原料とする「道明寺粉」を使ったちょっと粒の残るモチモチ生地で餡を包んだ丸いもの、関東では小麦粉を溶いた生地をクレープのように薄く焼いて餡をくるりと巻いたもの。関東では西の桜もちを「道明寺」と呼んで、両方売ってる和菓子屋さんも多いですね。
私が小さい頃に食べていたのは道明寺でした。毎年ちょうどこのくらいの時期に、母が買ってきていたと思います。ピンク色のかわいらしい見た目だけど、中身はあんこ。いつのもの私なら食べずに兄にあげるところですが、思わず口にしていたのはあの「香り」のおかげです。
塩漬けした桜の葉っぱ。あのなんとも言えない芳香は桜もちに欠かせません。あの香り、イコール、桜もち。あれがなかったら完成しないお菓子だと思います。
香りの正体は塩漬けによる「クマリン」とやら。
「これって桜の匂いなのかな」と思いながら口にしたそれは、実のところ「葉っぱの匂い」だったわけですが、あの香りが桜もちに与える影響力は間違いなく大きくて、苦手なはずのあんこすらおいしく感じてしまったのを覚えています。
桜の葉には「クマリン」という何やら愛らしい名の香り成分が含まれているそうです。ただ、そのままではほとんど匂いは感じません。花にも含まれているけど、それも微量。葉をつぶしたり塩漬けにしたりすることで、そのクマリン酸配糖体と葉っぱの酵素が反応して香りが強くなるんだそうです。
ふむふむ、それが、「おいしい桜もちの匂い」なんですね。
300年前と同じ桜もちが、今も「長命寺」で買える!
生まれ育った田舎よりも東京在住期間のほうがはるかに長くなった今ですが、桜もちはずっと道明寺派。そもそもが「あんこ苦手」なので、あえて冒険することはなかろう、道明寺なら食べられるんだから、と思っていたのでした。
でも、桜もちが初めて作られたのは東京(江戸)なんです。しかも、江戸時代に誕生したという元祖桜もちが、現代でも変わらず、同じ場所で売られているというではありませんか!
これは、行くしかない。食べるしかないでしょう。
浅草から隅田川を渡り、向島の長命寺へ。
※当日のルートはこちら↓に記しました。
今、関東で「桜もち」として知られるあの形は墨田区向島にある長命寺の門前で販売されたものが原型です。
誕生したのは、なんと1717年。当時、長命寺の門番をしていた人物が、隅田川沿いの大量の桜から落ちる葉っぱの処分に閉口し、醤油樽で塩漬けにしてお菓子を包んで売り出したところ、たちまち江戸の人々の心を鷲づかみにしたんだそう。
「クマリン」なんて成分がどうのこうの、とかもちろん知らなかったと思います。でも商魂たくましく生活の知恵にも長けていた江戸っ子らしく、「いっちょやってみっか」と挑戦したら、あの芳香が生み出されたわけです(きっと)。それでお菓子を包んでみるなんて、なんとすばらしい発想。しょっぱいのと甘いの。絶妙のバランスが、江戸っ子にウケないわけがありません。
*実食! 白く凛とした長命寺桜もちは、想像も時空もこえて*
300年以上、長命寺桜もちだけをつくっているこちらのお店。店名は「山本や」といい(看板にも小さく記されています)、創業者 山本新六さん、つまり、門前で初めて桜もちを販売したあの門番さんの製法をそのまんま受け継いでいるそうです。
浅草でもさんざん食べ歩いてきたのでおなかはいっぱいでしたが、もちろん店内で一服。
上の写真では桜の葉っぱばかりが見えていますね。なんと、大きな桜葉を3枚も贅沢に使って、桜もちがしっかりと包まれています。息子が手に持つ前に中身をちょいと見せてくれたのですが、本来は何の隙間もなく包み込まれているんです。
こんなですよ、こんな!
桜の葉は、ほどよい塩気とえもいわれぬ芳香を桜もちに与えてくれるだけでなく、生地が乾かぬようしっとりと守る役目も果たしています。だから、箱の中にラップや包みを入れる必要もない。開けたらすぐに葉っぱ。なんの邪魔もされずすぐ桜もち。この感じがなんとも潔くて素敵なんです。
生地の色はこれまた潔い白。ほんのりピンクなのが現代桜もちの定番ですが、本来は自然のままの色だったんですね。これもまた素敵です。
味。
これはもう、とにかく食べてみてくださいと言いたいです。
生地の薄さ、食感。あんこのしっとり感、甘さ。葉っぱから移ってきた香りと塩気。すべてが完璧で、「やっぱりあんこは食べられないかもしれない」とほんの少しだけ警戒していた自分を恥じ入るほどでした。
余計なもの、余計な作業を一切することなく、究極にシンプル。それでいて、複雑な旨みがあるんです。それも桜葉のおかげなのかなぁ。本当に、しみじみおいしいです。
緑茶と桜もち。
日本人に生まれてよかったなぁと思う瞬間です。
葉っぱは残すのがおすすめ。お茶漬けにしよっかな。
桜もちの葉っぱを食べるかどうか。
食べる派と食べない派で議論がわかれるところですが、私の場合、道明寺のときは半分くらい葉っぱも食べます。まずおもちだけ食べて、残りは葉っぱを半分ほど(葉脈はのぞいて)一緒に食べる。この塩梅が好きなのです。
でも長命寺桜もちは、葉っぱの存在感がすでに十分大きいし、塩気も香りも最初から絶妙なので、葉は食べずに残したほうがバランスいいです。お店の方も「お好みですが、当店では葉っぱは残されることをおすすめしています」と。
何個も一気に食べられるような贅沢なときは、たま〜に葉っぱをちぎって箸休め的に口にすると、「和菓子の合間の漬け物」のような味わいが楽しめます。
立派な葉っぱは捨てるに忍びないので、刻んで桜茶にしたり、お茶漬けに入れたりするのがよろしいかと。
東京のすばらしい手土産を、またひとつ見つけた気分。
ただし、賞味期限は「その日」だけ。このはかない感じもまたよいではありませんか。
また食べに行きたいです。桜が咲く頃ならさらに完璧でしょうね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?