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【全文公開】村中直人・はじめに『脱・叱る指導』

なぜ、人は叱りたくなるのか


 本日1月21日より書店に並びはじめます。
 スポーツ指導における「叱る」について、その本質や向き合い方をさまざまな角度から掘り下げていく

脱・叱る指導 スポーツ現場から怒声をなくす(村中直人・大利実 著)

より、村中直人 氏による「はじめに」を全文公開です!ぜひご一読ください。

はじめに

 本書を手に取られた読者のみなさんは、「叱る」という行為について、どのような関心をお持ちでしょうか。どうやって叱ればいいか、叱り方に悩んでいる方かもしれませんし、逆に叱ることをやめたいと考えている方もいると思います。

 本書は『脱・叱る指導 スポーツ現場から怒声をなくす』の通り、スポーツ指導における「叱る」について、その本質や向き合い方をさまざまな角度から掘り下げていく一冊です。

 そもそも、「叱る」とはどういう行為を指すのか。
「叱る」と「怒る」にはどんな違いがあるのか。
 叱ることでどんな効果があるのか。
 厳しく叱ることで、心は本当に強くなるのか。
 なぜ、スポーツ界から体罰がなくならないのか
 叱らずに人を育てていくことはできるのか。
「叱る指導」を手放すことは可能なのか。

 私、村中直人は臨床心理士・公認心理師で、ニューロダイバーシティ(脳の多様性)というキーワードでの発信やコンサルティング及び、発達障害の支援者養成を行っています。また、2009年に「あすはな先生」と名付けた学習支援事業を立ち上げ、今も運営責任者の立場で関わり続けています(一度現場を離れたのですが、2025年1月に共同責任者として復帰しました)。

 じつは私は中学生の頃までは教員を目指していました。ある日、なぜ教員になりたいのかを突きつめたときに、何か悩んでいたり、不安を抱えていたりする子どもの力になりたいからだと気づき、臨床心理士を志した経緯があります。
 その意味で「あすはな先生」の事業は、そんな私の原点とも言えるものです。立ち上げた当時は家庭教師事業から始めたのですが、保護者との面談や講師の指導・サポートなどを行うコーディネーターとして、学びに困難を抱えた多くの子どもとその保護者に出会いました。

 さまざまな親子と関わる中で感じたのは、我が子のことを真剣に考え、愛情を注いでいる親であっても、いや愛情を注いでいるからこそ、感情的になって、子どもをきつく叱り続けてしまう場合があることです。我が子への期待や焦りなど、親御さんにしかわからない複雑な感情があるわけですが、子どもが泣き出してしまったり、混乱状態に陥ったりしても、ずっと叱り続ける場面も少なくありませんでした。

 ただ、だからといって、叱られることによって勉強ができるようになったり、勉強に臨む姿勢がよくなったりすることがないのも事実でした。こんなに叱られているのに、目の前にある問題が一向に解決しないのはなぜだろうか。解決に至っていないのに、保護者がここまで叱ってしまう理由はどこにあるのだろうか。ずっと疑問を感じていました。私が出会ったのは自分たちの事業を通じた家庭内の出来事ですが、「叱らずにはいられない」状態になってしまう人は、学校や企業などこの社会のいたるところに存在しているように思えました。

 そんなところから「叱る」の本質に興味を持つようになった私は、自分の専門の心理学や、新たに学んだ脳・神経学など広い視点から「叱る」について探究するようになりました。その結果、人間には「処罰欲求」と呼ぶべき欲求が、脳の働きとして存在していることや、叱られて過度なストレスを受けた人は知性や判断を司る脳の働きが弱くなり、自ら考えて行動する力が奪われていることなどを知りました。

 私の体験や専門的な知見を総合的にまとめたのが、2022年2月に発売された『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)です。叱る側が自分の行動にブレーキをかけることができず、叱り続けてしまうことを表現するために〈叱る依存〉という強めの言葉を用いたのは、私なりの危機感や課題感を表現するためでした。人間であれば、誰にでもありうることなので、多くの人に当事者意識があったからでしょう。著者である私の想像以上の反響となり、ありがたいことに今も読まれ続けています。
 2024年7月には、『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書/2024年7月発売)という新書を出版しました。こちらは、工藤勇一さん(元麹町中学校校長)、中原淳さん(立教大学教授)、大山加奈さん(元女子バレーボール日本代表)、佐渡島庸平さん(コルク代表取締役社長・編集者)との対談がメインで、「どうすれば人は成長するのか?」を、幅広い視点から語り合っています。

 今回が「叱る」をテーマにした三作目の著書になります。
 私はスポーツ畑の人間ではないのですが、野球やバレーボール、フィギュアスケートなどをファンとして楽しみにしていて、指導法にも興味を持っています。また子どもたちの支援をする中で、スポーツの指導で叱られ続ける子どもにも多く出会ってきました。

 スポーツ界には未だに怒声や暴言、厳しい叱責を含めた「苦痛を用いた指導」が存在し、社会問題になっています。体罰はその最たるものでしょう。こういった「指導」は社会の目や時代の流れ、指導者の理解もあり、一昔前よりは減っているとは感じますが、テレビや新聞で報道を見聞きするたびに、心苦しい気持ちになります。
「厳しく叱るのをやめましょう」「子どもの意思を尊重しましょう」と言い続けるだけでは、体罰が絶対になくならないことは目に見えていることです。

 なぜ、体罰がなくならないのか̶̶。
 逆に言えば、なぜ、スポーツ界では体罰が起きやすいのか。 

 私はスポーツ界独特の環境要素と、「叱る指導」の容認につながる指導者側の子ども観やメンタリティに本質的な原因があると思っています。指導者自身がその根本を知り、理解を深めていくことが、子どもたちの身体と心を健やかに育む指導につながっていくと、私自身は考えています。

 本書で後に詳しく解説していきますが、体罰が起きやすい環境要素として、「明確な権力格差」と「密室性」の2点が挙げられます。どれだけ人間的に優れた指導者であっても、この環境で指導をしていると、無意識のうちに〈叱る依存〉に陥ってしまう可能性があるのです。それは、指導者と選手だけでなく、親と子の関係性にも通じることです。
 本書では、指導現場のリアルな声をお届けするために、各競技における一線級の指導者、識者にお願いして、対談を企画しました。
 野球界から、2022年夏の甲子園で東北勢初の全国制覇を成し遂げた仙台育英高の須江航監督。サッカー界から、ジュニア世代の育成に長けた池上正さん(NPO法人I.K.O市原アカデミー理事長)。そして、競泳界から、2000年シドニー五輪代表の萩原智子さん(日本水泳連盟理事)に登場していただきました。
 選択肢の幅を広げること、自己決定の大切さ、すべての考えのベースは人権の尊重にあることなど、人が育つためのエッセンスが詰まった対談になっています。
 各章の中で、既刊本と重なる内容もありますが、「〝叱る〞の本質を理解するうえで大切な考え」という意味を込めて、要点を紹介しています。ご理解いただければ幸いです。

 なお、本書はスポーツライターの大利実氏との共著という形を取っています。私自身は対人支援やコンサルティングの視点からスポーツ指導に関心を持っている人間であり、実際にスポーツ現場で指導してきた専門家ではありません。そこで、野球界を中心に長年、育成世代の取材を続けている大利氏から、「叱る」についてさまざまな角度から問いを投げかけていただき、それに私が答える形で進めていきます。大利氏には、聞き手の立場として課題点や疑問点を掘り下げてもらいました。
 それでは、第1章に入っていきましょう。最初に「叱る」の定義を明らかにしたうえで、「なぜ、人は叱りたくなるのか」を考えていきたいと思います。ぜひ、最後までお付き合いください。

書誌情報

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