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少しずつ超超超短編が追加されていくnote 100話まで

ーーー1 頭蓋骨のどじょう


 クーラーの温度を下げ、毛布を首元まで上げる。きらりと光るネイルがぼんやりと眠りかけていた意識に冷水をかけて連れていく。ふらふと起き上がり床に足を付け黒いテーブルまで歩を進める。その上にある爪切りを左手に持って、一際長い小指の爪を根元から切った。同じく黒い棚の小さな引き出しの中から真珠の玉を摘んでベランダから落とそうとしたところで左手首にどじょうが巻き付く。骨の軋む音が響いて目覚まし時計の音と重なり頭蓋骨にハンマーで殴るような衝撃を与えられた。目は完全に覚めたようだがマットレスまで浸水していて爪切りが爪と一緒にふわふわ浮いていた。ばしゃばしゃ左手で水面を叩く。風鈴の音が季節外れにも関わらずちりんちりんと鳴っていた。その音に合わせて右手の爪でテーブルをつつき早くさめろと頬杖を付いてみた。いるかが窓の外でターンを決めて深海に向けて泳いだ時に私は浮いて目が覚めた。朝の5時で、初夏を感じさせるぬるい涼しさが肌をなめる。さっぱりとしたとろみのある風が髪を部屋の中に向けて運ぶ。アラームの音をさざなみにした結果がこれなのか。しばらくは変えないことにした。これから夏が来る。


ーーーー2 かまいたちの恋

 窓をがらりと開けた時、爽やかな風が吹き抜けて、
下ろしていた髪を後ろへ導く。伝っていた汗も同様に軌道が逸れてぱっと花開くように喜んで弾けた。午前五時のことである。夏とは思えないほどの爽やかさに面食らいながらも目を閉じてゆったりと身を任せる。アゲハ蝶が一羽二羽と舞ってハート型の四葉のクローバーの一片が風に巻かれくるくると回っているのが見えた気がした。旋風の中のかまいたちがクローバーに恋をして、物欲しそうに見上げている。涙が零れ落ちて、鋭く美しい鎌の上を濡らしながら先まで滑って風の中へ。恋焦がれた結晶ともいえる涙は乾いてしまって、残ったのは涙に混じった少しの血の跡。どうしようもなく鎌を振り回して、周囲の草が根元から切られふわりと浮いてかまいたちを中心に円を描く。
 そんな風景が見えた気がして目を開けた。目を閉じながらもどこかの景色を見ようと力んでいたせいで瞳が涙でしめって痛い。咎められたような共感するような苦しく切ない気持ちを真珠にしたようなあの涙の玉は、忘れられない蓮の葉に溜まった朝露の艶。

ーーー3 黒いコート

  クローゼットの中には、一番端に黒いコートがかけ てあって、そのポケットにヘソクリを隠してある。 そしてそれをたまに見返してはニヤニヤするのが私の密かな趣味のひとつ。しかし今度は簡単にその札束にお目にかかることはできなかった。ポケットが空だったのである。焦りながら他の服をハンガーから外して振ったり、引き出しを手当たり次第に開けてみたけれど、どこにも見当たらない。
 冷静になろうと氷水を飲んで落ち着いて座って、改めてみたら、黒コートの向きが変わっていることに気がついた。左を向いていて、ボタンも左向き、左袖が手前だったのが逆になっている。そのせいでいつもとは別のポケットを見ていたようだ。右手に近いポケットに封筒は入っていた。勝手に焦って勝手に慌てて勝手に暴れてそこだけ泥棒が入ったようになっている。お金は存在するだけで人をここまで変えるのか。でもコートの向きを変えた覚えがないことも事実。だって、だからここまで焦ったんだもの。でももういいの。見つかったから。こんなことが今後ないように、このお金は使ってしまおう、と思いながら封筒を持って街へ出て、ショーウィンドウに並んだ赤いハイヒールに目を向ける。夏なのに。黒いコートを着て。汗をかいて。

ーーーー4 妖精のネックレス

 妖精のネックレスという名前がレストランのメニューに並んでいた。しかも写真も載っておらず逆に想像がかきたてられる。美しいスイーツだろうか、ドリンク系かなと思いながら周りを見渡しても、特に誰か頼んでいる様子もない。せっかくなので注文してみた。純喫茶のお手本のような少し暗い店内にランプが灯る。革のソファに背を預けると、一気に体から力が抜けた。オルゴールがBGMとして流れてきて、その後ろから眠気がゆっくりと追いかけてくる。運ばれてきたものはパフェだった。自分の想像の範囲内だったことに少し落胆しながらも、口の中で解けるレモンアイスの酸味とビスケットのほのかな甘み、スイカのしゃりしゃりとした食感に空調が寒く感じるほど体が芯から冷えたのがよくわかる。
 そういえば、妖精のネックレスという名前をどうして付けたのだろう。季節のパフェとかでもいいはずなのに。メニューを見直すと、変わらずその名は並んでいた。写真も無い、説明もない。でも想像はできる。ネックレスは、パフェに飾られたすずらんなんだろうと。葉と蔦を捩って編んで、輪っかにするのだ。
 想像が少しのヒントを得て編み込まれていく。しかし未だ妄想の域を出ない。10個の文字が並んだというただこれだけ、連なった単語を想像で繋げていった。いつかは輪っかになることがあるのかもしれない。きっときれいだ。ただ、その輪っかになることも、きれいなことも、まだまだ想像でおわってしまうことだ。うつくしいままに。

ーーーー5 夕立と食器

 明るい曇り空にはなんともいえない魅力がある。ずっしりとした曇天で、気分も重くしていくと思いきや不自然に明るい。そのちぐはぐさが妙に私を引きつける。きっと雲の上では太陽がさんさんと輝いているのだろう。仄暗い家の中では電気を付けようか迷って、結局外の明るさに任せることにした。カーテンの影が落ちる。テレビの影も、ものの影がじっとりと落ちていく。ぐるりと見渡すと、積まれたCDのケースや本、食器など。端々に影が落ちている。雨のようだ。そう思った時夕立が降ってきた。気持ちいいほどの大雨。すべてを注ぎ落としてくれる。傘を持って外に出て、くるくると回った。水溜まりの中に意図せず入ってしまって、靴の中がばしゃばしゃと鳴った。スカートが揺れ、袖が雨粒に触れ、傘にばしばし粒が叩き落とされる。この傘で食器を上から叩き割った時、同じような音がするのだろう。そう思って傘立てに傘をしまって着替えてソファにきちんと座る。影は相変わらず落ちていた。
 何も動かず影だけ落ちる。逃げずに。雨粒も落ちていた。外のバス停は少し違って、落ちていた影に何かいた気がした。こういうものを気にしないことがここでの私の生きるコツ。

ーーーー6 屋敷の中の鬼灯

 柔らかい茶色で、鬼燈の形をしたランプに包まれた電球は優しく光り輝き、蔦を再現したかのようなしなやかさのある持ち手には、ニスの残り香がきらりと落ち着かせる。スカートの折り目を気にしながら、なるべく優しく抑えて屈み、柔らかい絨毯にランプをそっと置いた。
 そして一人立って廊下をあるいていった。窓には枯れた木、濃い霧、霞んだ月の夜。絵画のように配置されていると感じるのはこの東棟の2階の窓だけ。見つめた後、またランプを持ち直してゆっくり階段を降りていく。1階にいくのではなく、踊り場で止まった。私の身長をゆうに超える鏡が目当てである。
 胸元のルビーが燦々と鮮烈に輝いていた。それだけで満足なのだ。そっと手を当て摘んでなめるように四方八方から眺める。鏡に移ったルビー、ルビーに写った鏡、鏡の中の私の目。映すものはたくさんある。いつか絵師を呼んで形に残してもらおう。彼らはどんな色をこの宝石に当てるのか、考えるだけで切なく美しい世界へ溺れることができる。



ーーーー7 晴天の温室

 まるで木漏れ日のようなやわらかな光が手のひらにすとんと置かれた。カーテンの隙間からである。 
 葉子は軽く花瓶に入ったカーネーションに目を向けてから、光の置かれた手のひらを口元まで持っていき、ごくんと飲んだ。LEDライトのような養殖ではなく天然ものらしいまろやかさがとても良い。のどごしもよくて思わず目をつぶる。これでは夕食も期待できそうである。空のワイングラスを白く長い指でつまみ唇に当てた。小指には太すぎて落ちそうな指輪が引っかかっていたが、落ちずに済んだようである。藤色の透明な飾りは涙をゼラチンで固めたような形をしていた。
 白い窓枠の奥の植物園ではウツボカズラが口元の滑らかで見事な曲線をみせている。庭には芝桜が占領する。ひとつかふたつ、摘んでブレスレットにしようかしらと既に両腕には朝顔が巻きついて首元で突き抜けるような青い朝顔が咲き、眼鏡に蔦が絡む葉子は考える。お洒落なカフェにありそうな白いテラス席に座ってレモンティーを飲んだ。鮮やかなブロンズの波打つ髪には細い蔓が紛れている。それを切るハサミもサバイバルナイフもここには無いのである。

ーーーー8 織姫のきづき

 天の川には星屑が浮いている。近くて大きな月に吸い寄せられているため沈みきらず中途半端に浮いているのである。天の川は夜によく見える。きらめいているからである。しかし昼間もずっと流れ続けている川なのだ。明るい中の天の川もまた乙なもの。晴天の青緑色に紛れる星と、月を待つ気だるげな天の川を渡す橋が当人たちには不服だろうがなかなか悪くない。足を踏み入れたら真っ逆さまに深みにはまって落ちていく恐怖をうまく隠して仄暗い爽やかさが充満しているこの空気を吸いながら平気でいられるのは、息が詰まるほど絢爛豪華な御殿に住み慣れ、麗しい世界に生まれた十二単を身にまとう織姫くらいなのではないか。天の川の橋には欄干がない。落ちやすくなっていることに織姫は気づかない振りをして今日も扇子で口元を隠す。


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