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「拙」(二)~杜甫・白居易
詩語としての「拙」(続)
杜甫
唐代に至ると、「拙」は、古典詩の詩語として定着する。
杜甫の詩にも「拙」字は多用されている。
「自京赴奉先縣詠懷五百字」では、冒頭で次のように歌う。
杜陵有布衣 杜陵に布衣有り
老大意轉拙 老大 意 転た拙なり
許身一何愚 身を許すこと 一に何ぞ愚なる
竊比稷與契 窃かに 稷と契とに比す
官途に意を得ず、何ら成すことなく年を重ね、老いてますます世間から遠く離れていく、そうした自分自身の心境を「拙」の字を以て表している。
ここでは、世間と調子が合わないことを歎いているわけではなく、むしろ、もはや調子を合わせようとする気がないことを表白している。
そして、不遇な状況にありながら、身の程知らずにも稷と契(いずれも舜帝に仕えた名臣)に比べようとしている自分自身を「愚」と称している。
「拙」と「愚」という自嘲的な詩語を列ねながらも、傲岸なまでの自負を感じさせるところであり、老いぼれてもなお天下の政治に関わらんとする杜甫の内に秘めた意気込みを伝えている。
さらに、「發秦州」では、次のように歌っている。
我衰更懶拙 我 衰えて更に懶拙
生事不自謀 生事 自ら謀らず
無食問樂土 食無くして 楽土を問い
無衣思南州 衣無くして 南州を思う
流浪生活の中で、ますます「懶」(ものぐさ)かつ「拙」になり、いよいよ自ら生活を謀るのが難しくなったことを歌う。
かつて病床に伏していた時の作「投簡咸華兩縣諸子」にも、
自然棄擲與時異 自然 棄擲せられて時と異なる
況乃疏頑臨事拙 況んや乃ち疏頑にして事に臨みて拙なるをや
饑臥動卽向一旬 饑臥 動もすれば即ち一旬に向かう
敝衣何啻聯百結 敝衣 何ぞ啻百結を聯ぬるのみならんや
とあるように、杜甫は貧窮した暮らしの有様を歌う時に、しばしば「拙」の字を用いている。
官界での世渡り下手、世事における不器用さが生活の困窮を招いているのだと言わんとするかのようである。
さらにのち、成都の浣花草堂に閑居していた時の作に、「屏跡」三首がある。その第二首に、次のように歌う。
用拙存吾道 拙を用て 吾道存す
幽居近物情 幽居 物情に近づく
桑麻深雨露 桑麻 雨露深く
燕雀半生成 燕雀 半ば生成す
「拙」でありながらも、草堂に引き籠もって静かに暮らし、自分自身の道を保っていると歌っている。
浣花草堂での生活は、杜甫の生涯において比較的平穏な日々であった。
この詩には、「拙」は、もはや困窮の元凶ではなく、むしろ「拙」であるからこそ自分らしい生き方を貫き、周囲の自然とも一体となれたのだ、という喜悦の心境さえ窺うことができる。
白居易
中唐の白居易もまた「拙」字を多用した詩人の一人である。
「北院」詩に、
性拙身多暇 性 拙くして 身に暇多く
心慵事少緣 心 慵くして 事に縁少なし
とあり、また「自喜」詩に、
身慵難勉強 身 慵くして 勉強し難く
性拙易遲廻 性 拙くして 遅回し易し
とあるなど、「拙」は、しばしば「慵」と合わせて用いられている。
「慵」は、暇で気怠いさまを言う言葉であり、白居易の「拙」は、こうした閑適の情を歌う際に用いられることが多い。
白居易が自ら分類した詩集の中で、「閑適」の類に分類された詩の中には、「養拙」や「詠拙」など、「拙」そのものを詩題に用いている作がある。
「詠拙」詩の冒頭は、次のように詠う。
所禀有巧拙 禀くる所 巧拙有り
不可改者性 改む可からざる者は性なり
所賦有厚薄 賦せらる所 厚薄有り
不可移者命 移す可からざる者は命なり
我性拙且蠢 我が性は拙にして且つ蠢なり
我命薄且屯 我が命は薄にして且つ屯なり
「巧」か「拙」かは、天から与えられる各人の本性であり、変えられるものではないと語っている。
そして、下文に、
亦曾擧兩足 亦た曽て両足を挙げ
學人蹋紅塵 人を学びて紅塵を蹋む
從茲知性拙 茲に従りて性の拙なるを知り
不解轉如輪 転じて輪の如くなるを解せず
とあるように、自分が「拙」であるのは、世俗的な名利を齷齪と追い求めることができない性分だからだと歌っている。
白居易にとって「拙」なる生き方とは、俗世での栄達や富貴に身をやつすことなく、人生の幸福を悟って恬淡として生きることであった。
このように、詩語としての「拙」は、初めは潘岳・陶淵明におけるように、専ら隠遁生活と関わりを持つ場面で用いられたが、時を経てしだいに隠棲とは特に関わりなく、広く詩人の生き方そのものを象徴するようになった。
官界における不如意や、世俗的価値観に対する反撥を示す際、詩人たちは「拙」を以て不遇を慰める弁明とし、また己の精神生活を是認する拠り所としたのである。
*本記事は、以前投稿した以下の記事の一部を簡略に改編したものである。