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「送別」を歌う漢詩3選
「易水送別」
唐・駱賓王「易水送別」(易水送別)
此地別燕丹 此の地 燕丹に別れ
壮士髪衝冠 壮士 髪 冠を衝く
昔時人已没 昔時 人 已に没し
今日水猶寒 今日 水 猶お寒し
ここ易水のほとりは、刺客荊軻が燕の太子丹に別れを告げた地だ。
血気盛んな丈夫の髪は、悲憤のあまり冠を突き上げるほどだった。
あの当時の人々はすでに没し、遠い過去のこととなったが、
易水の水は、今もなおあの日と変わらず、寒々と流れている。
✍️
駱賓王は初唐の詩人です。「易水送別」は、戦国時代の刺客荊軻のことを歌った五言絶句です。燕国の太子丹から秦王政(後の始皇帝)の暗殺を命じられた荊軻は、秦の宮殿に向かって旅立ちます。刺客は生きて帰ることはできません。太子丹をはじめ人々はみな白の喪服に身を包んで易水(今の河北省を流れる川)のほとりで荊軻を見送りました。いざ別れに臨んで荊軻が感情を高ぶらせて歌った辞世の歌が『史記』に残っています。
風蕭蕭兮易水寒 風蕭々として 易水寒し
壮士一去兮不復還 壮士 一たび去りて 復た還らず
結局、暗殺は失敗に終わり荊軻は非業の死を遂げます。のち、始皇帝が天下統一を果たし、歴史の流れを変えることはできませんでしたが、荊軻の壮挙は後世の人々に永く語り継がれています。
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「送別」
唐・王維「送別」(送別)
下馬飮君酒 馬より下りて 君に酒を飲ましむ
問君何所之 君に問う 何くにか之く所ぞと
君言不得意 君は言う 意を得ずして
歸臥南山陲 南山の陲に帰臥せんと
但去莫復問 但だ去れ 復た問うこと莫からん
白雲無盡時 白雲 尽くる時無し
馬から下りて、君に別れの杯をすすめる。
君に尋ねる、「いったいどこへ行くのか」と。
君は言う、「人生が思うようにならないので、
南山のほとりに隠棲するつもりだ」と。
そうか、では行きたまえ。もうこれ以上何も問うまい。
そこには白雲が尽きることなく浮かんでいることだろうから。
✍️
王維は唐の代表的な詩人の一人です。政界で要職を歴任し、長安の郊外に別荘を構え「半官半隠」の生涯を送っています。五言古詩「送別」は、官途に志を得ない友人が山に隠れ住もうとするのを見送った詩です。「南山」は、隠逸詩人陶淵明の詩句「采菊東籬下、悠然見南山」(「飲酒」其五)を踏まえたものです。「白雲」は、清らかさ、高潔さの象徴です。俗塵にまみれた都の官僚生活とは無縁の超俗的な趣を含んだ詩語で、隠者や神仙の世界を想起させます。この詩は、実際に誰かを見送った際の詩ではなく、架空の自問自答の設定によって詩人自身の胸中を表白した戯れの習作であろうと思われます。
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「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」
唐・李白「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」(黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る)
故人西辭黄鶴樓 故人 西のかた黄鶴楼を辞し
煙花三月下揚州 煙花 三月 揚州に下る
孤帆遠影碧空盡 孤帆の遠影 碧空に尽き
惟見長江天際流 惟だ見る 長江の天際に流るるを
わが友は、西のかた黄鶴楼に別れを告げ、
霞たなびき花咲き乱れる春三月、揚州へと下っていく。
ぽつんと浮かんだ帆影は、遠く紺碧の空に吸い込まれて消え、
ただ長江が天の果てまで滔々と流れていくのが見えるばかりだ。
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✍️
李白の七言絶句「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」は、長江を下って揚州へ旅立とうとする友人孟浩然を見送った詩です。孟浩然は科挙に受からず各地を遊歴し、その間に多くの詩人たちと親しく交遊しています。李白より十二歳年上で、李白は孟浩然の隠者的な人柄を慕っていました。「黄鶴樓」は、湖北省武漢市の長江沿いの高台に建つ楼閣。「廣陵」は、揚州(江蘇省)の古称。当時は、水陸交通の要衝として経済・文化共に栄えた繁華な大都会でした。親しい友との別れは悲しいもので、涙と共に湿っぽい感情が伴いがちになりますが、唐代の送別詩はそのような感傷を排し、ことさら叙景に徹して歌う作品が多く見られます。この李白の詩も、別離の悲しみを表す言葉は一つも使わず、敬愛する友に対する深い惜別の思いを滾々と尽きることのない長江の流れに代弁させています。
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