「戦争」を歌う漢詩3選
「戰城南」
漢・楽府「戰城南」(戦城南)
わたしは、南へ北へと駆り出されて、ついに戦死した。
死んで野ざらしのまま葬られることもなく、カラスの餌食になっている。
わたしのためにカラスに告げてくれ。
「せめてしばらくの間は、異郷に死んだ兵士のために号泣してくれ。
野ざらしのまま、きっと葬ってくれる人もいない。
死んで腐った肉がお前たちから逃げていくことなどできないのだから」と。
傍らを流れる川の水は深く澄みきり、
水辺には蒲や葦が鬱蒼と生い茂っている。
勇敢な騎兵は、戦闘で命を落とし、
乗り手を失った馬が、辺りをさまよい嘶いている。
ああ、築城の人夫は、城を築くのが仕事のはずなのに、
どうして南へ北へと戦場に駆り出されていくのか。
イネやキビが収穫できなくなったら、君主といえども何を食べるのだ。
忠臣たらんと願っても、死んだらどうやってその願いがかなえられようか。
君主よ、あなたの善良な臣下のことをどうか考えてください。
善良な臣下のことは、本当によく考えるべきなのです。
彼らは、朝に出発して戦場に行き、
夜には死んで家に帰らないのですから。
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漢の武帝の時、音楽を掌る役所が設けられ、そこで採録された楽歌を楽府と呼びます。のちに歌詞が一人歩きを始め、音曲を伴わずに歌謡風に歌われるようになり、韻文の中の一つのジャンルを形成するに至ります。楽府の内容は、当時の社会の現実をリアルに伝えるものであり、民衆の生活の一場面を捉えて一篇の寸劇に仕立てたような叙事詩になっています。「戦城南」は、宋・郭茂倩撰『楽府詩集』では、「鼓吹曲辞・漢鐃歌」のグループに収められています。馬上で鐃を鳴らして演奏する軍楽の類です。戦場に打ち棄てられた兵士の屍をカラスが啄むさまを兵士の独白で歌ったものです。死者である兵士が一人称で自分自身の死を語り縷々恨み言を述べ、戦争の不条理を訴えるという極めて特異な詩です。
「七哀詩」
後漢・王粲「七哀詩」(七哀詩)
西の都長安は混乱に陥って秩序を失い、
山犬や虎の如き者どもが今まさに災禍を引き起こしている。
わたしはまたもや都を捨てて、
遥か遠く荊州の地に身を寄せることになった。
親類はわたしの面前で嘆き悲しみ、
友人はわたしに追いすがって別れを惜しんでくれた。
城門を出ると、そこにはほかに目に入るものは何もなく、
ただ白骨が平原を覆うばかりだ。
路傍には、飢えた女性が一人、
胸に抱いた幼子を草むらに棄てている。
わが子の泣き叫ぶ声を耳にして、振り返りはしたものの、
涙をぬぐいながらその場を離れ、引き返そうとはしない。
女は言う、「わが身さえどこで果てるかもわからぬありさま。
どうして母子二人いっしょに生き延びることなどできましょう」と。
わたしは馬に鞭打ち、母子を見捨てて立ち去った。
彼女の言葉を聞くに忍びなかったからだ。
南へ向かって、覇陵の高みに登り、
振り返って長安の方角を望み見る。
今こそはっきりとわかった、あの「下泉」の詩を歌った人々が、
深く溜息をついて心を痛めたその気持ちが。
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後漢・王粲の五言古詩「七哀詩」三首連作の第一首です。董卓が洛陽から長安に都を遷すと王粲もそれに従って移住し、のち董卓死後、難を避けて長安から荊州へ逃れます。この詩は、戦火と略奪で騒乱の渦中にあった都を脱出し、軍閥劉表のもとに身を寄せるために荊州へ赴く道中での見聞を歌ったものです。詩の前半は、打ち続く戦乱の世に拾う者もいない屍体が野ざらしになり、白骨が平原を覆い尽くしている光景です。後半は、泣き叫ぶ幼子とそれを力無く抱きかかえて草むらに棄てようとしている餓えた母親です。そこには、戦時下の民衆の悲惨な現実が縮図として映し出されています。最後の四句は、当世の惨状を目の当たりにした作者王粲が、「下泉」(『詩経』「曹風」)の詩に込められた古代民衆の悲痛な思いを今しみじみと思い知るという結びです。
「涼州詞」
唐・王翰「涼州詞」(涼州詞)
芳醇なワインを満々と注いだ夜光の杯。
いざ飲もうとすると、馬上で琵琶をかき鳴らす音が聞こえてくる。
酔いつぶれて砂漠に倒れ臥しても、どうか君よ、笑ってくれるな。
昔からこの辺境に出征した者が、いったい何人生きて帰れたというのだ。
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唐・王翰は盛唐の詩人です。辺境の地の生活や風物を詠った辺塞詩を得意としました。「涼州詞」は、国境の砂漠地帯へ送り込まれた兵士たちの姿を悲しくも力強いタッチで活写した七言絶句です。唐王朝は法令を整備し豊富な財力と強大な武力で空前の大帝国を打ち立てました。宮廷が天下太平をむさぼり、都の長安が華やかな国際都市の様相を呈する一方、西北の国境地帯では遊牧騎馬民族との交戦が絶えず、出征兵士たちは過酷な自然環境の中で明日の命も知れぬ情況に置かれていました。涼州は、今の甘粛省一帯、吐蕃(チベット族)との戦における最前線でした。「葡萄」「夜光杯」「琵琶」と西域原産のエキゾチックな風物が並べられ美しい異国情緒が漂う中、泥酔する兵士たちの姿が哀切な情調を醸し出しています。
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