『水滸伝』の英雄豪傑②~林冲
中国明代の長編小説『水滸伝』には、数多の英雄豪傑が登場します。
その中から代表的な人物を何人か選んで取り上げます。
第2回は、林冲(りんちゅう)です。
『水滸伝』については、以下をご参照ください。
林冲
梁山泊の英雄豪傑の中で、性格の変貌が最も精彩のある筆致で描かれているのが林冲である。
林冲は、渾名は、林教頭、または豹子頭。もとは近衛兵の武芸師範であり、人々から厚く敬愛されていた。妻は淑やかで美しく、夫婦仲睦まじく、平穏な生活を送っていた。
ところが、思いがけぬ災難が天から降ってくる。ある日、林冲は妻を伴って廟へ参詣に向かった。その道中、林冲が魯智深の武芸の練習を見に行くと、その隙に、一人の男が先に廟に着いた彼の妻を弄んでいた。林冲が男を引っ捕らえてみると、それが高俅の養子高衙内だったので、振り上げた拳も力が抜けてしまう。
妻が横恋慕されるというこの上ない屈辱を受けながら、それを何事もなかったかのように見逃し、うやむやのうちに事を終わらせてしまっている。
この時の胸中を林冲が魯智深にこう語っている。
林冲は自分の職位を保持するために、この事件のことで上官と決裂したくないのである。林冲は忍びに忍んで、意を曲げて事を丸く収めようとする。
のちに高俅によって無実の罪を着せられて滄州へ流された後でさえも、まだじっと堪えて、どうにか帰ってこられる日を待ち望んでいる。
高俅の一味は、林冲の身に次々と計略を仕掛けてじわじわと追い詰め、ついに馬草置き場を焼き討ちして林冲を死地に置こうと企む。
林冲はたまたま陸謙と富安が流刑場の役人と得意気に語っている話を耳にし、彼らが火を放った謀略の一部始終を知る。
この時はじめて林冲は上官に対する盲従を徹底的に振り払い、胸中に鬱積していた反逆の思いを爆発させる。
温厚で恭順な近衛兵の師範は、一変して威風堂々たる梁山泊の中核となるのである。
林冲の人物形象は、『水滸伝』全体の主題に直接結びついている。
林冲のように封建的秩序を尊重し、規律を遵守し、自分の置かれた枠を一歩も越えることなく分に安んじていた人間でさえ、ついには謀反の隊列に加わらざるをえなかったのである。
『水滸伝』は、高俅や陸謙や牢役人のような人物の描写を通して、国家機構全体の救いようのない腐敗と不条理を明らかにしている。
こうした悪しき官僚政治こそがまさしく林冲が生きた環境であり、彼の性格が臆病で忍耐強いものから激烈で反逆的なものへと一変した要因である。
そして、それはまた英雄豪傑たちが諸悪に抑圧されて梁山泊へ向かわざるをえなかったという作品全体の主題でもあるのである。
中国映画「豹子頭林冲之野猪林」