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「愛情」を歌う漢詩3選


「上邪」


『樂府詩集』「上邪」上邪じょうや

上邪       じょうい
我欲與君相知   我 君とあい知り  
長命無絶衰    とこしえに絶え衰えること無からめんと欲す
山無陵 江水爲竭 
山におか無く 江水 ため
冬雷震震 夏雨雪 
冬雷とうらい 震震しんしんとして 夏に雪    
天地合乃敢與君絶 
天地がっしなば 乃ちえて君と絶たん

ああ、天よ!
あなたと相知る仲となって、
この気持ちが永遠に続きますように!
山が崩れて平らになり、川の水も涸れ尽き、
冬に雷が鳴り、夏に雪が降り、
天と地が合わさるようなことが起きたなら、
その時、はじめてあなたと別れましょう。

✍️
楽府がふは、漢代に生まれた民謡風の詩歌です。「上邪」は、『楽府詩集』(北宋・郭茂倩撰)では、主に軍歌を集めた「鼓吹曲辞」に分類されています。この詩は、若い女性が夫あるいは恋人に対して切々と胸の内を吐露した歌です。「天地合」は、天と地が一つに合わさってしまうこと、つまり、この世が崩壊して天地開闢以前の混沌に戻ってしまうことを言います。そのような絶対あり得ない天変地異が起こらない限りわたしは決してあなたから離れません、という永遠の愛の誓いです。何の恥じらいもなく、力強くストレートに迫る愛の言葉、古代の若い男女の赤裸々な情熱を感じさせる恋歌です。


「古詩十九首」


「古詩十九首」「行行重行行」
(行き行き重ねて行き行く)

行行重行行  行き行き かさねて行き行く
與君生別離  君と生きながら別離す
相去萬餘里  相去ること万余里ばんより
各在天一涯  各々天の一涯いちがいに在り
道路阻且長  道路はけわしくつ長く
會面安可知  会面かいめん いずくんぞ知るべけん
胡馬依北風  胡馬こばは北風に
越鳥巣南枝  越鳥えつちょう南枝なんしに巣くう
相去日已遠  相去ること日にすでに遠く
衣帶日已緩  衣帯いたいは日に已にゆる
浮雲蔽白日  浮雲ふうん 白日はくじつおお
游子不顧返  游子ゆうし 顧返こはんせず
思君令人老  君を思えば人をして老いしめ
歳月忽已晩  歳月 こつとして已にれぬ
棄捐勿復道  棄捐きえんせらるるもからん
努力加餐飯  努力して餐飯さんはんを加えよ

あなたは、どこまでも、どこまでも、遠くへ行き、
とうとうあなたと生き別れになってしまいました。
お互い遥か遠く離れること一万余里、
まるでそれぞれ天の一方の果てにいるかのよう。
二人の間に横たわる路は、険しく、遠く、
再び会うことができるかどうかもわかりません。
えびすの地に産まれた馬は、北風に身を寄せて駆け、
百越ひゃくえつの地から来た鳥は、南の枝に巣をかけます。
あなたはわたしから日に日に遠くなっていき、
やつれたわたしは帯も日に日に緩くなっています。
浮雲が太陽を覆い隠してしまっているのでしょうか。
旅空のあなたは、なかなか帰っていらっしゃらない。
あなたのことを思うあまり、わたしは老け込んでしまい、
歳月はたちまちのうちに過ぎ去ってしまいました。
あなたに捨てられても、もう何も申しません。
努めてたくさん召し上がり、御身大切になさってください。

✍️
「古詩十九首」は、梁・昭明太子撰『文選』巻二十九に収められた作者不明の一連の五言詩のことです。全部で十九首あるので、このように呼び習わしています。作詩年代は後漢の中期から末期、作者は一人ではなく複数の無名の文人と考えられています。別離の悲哀、望郷の思念、人生の無常、男女の情愛などをテーマとした作品群です。ここに挙げたのは、その第一首です。距離的にも心情的にも自分から遠く離れてしまった夫に対する妻の切々たる思いを素朴ながらも巧みな表現で歌っています。夫が遠方へ出た理由が明示されていませんが、古代に男子が故郷を遠く離れるのは、仕官や従軍のためであるのが一般的です。


「遊子吟」


唐・孟郊「遊子吟」
遊子吟ゆうしぎん                       

慈母手中線  慈母じぼ 手中のいと
遊子身上衣  
遊子ゆうし 身上しんじょうの衣
臨行密密縫  
行に臨みて 密密みつみつに縫う
意恐遲遲歸  
こころに恐る 遅遅ちちとして帰らんことを
誰言寸草心  
誰か言う 寸草すんそうの心
報得三春暉  
三春さんしゅんひかりむくい得んと

慈しみ深い母が手に持っている糸、
それは旅に出る息子が身につける衣服を縫うためのもの。
旅立ちに臨んで、母は心を込めて、ひと針ひと針こまやかに縫う。
心の中では、息子の帰郷が遅くなることを心配しながら。
わずか一寸いっすんほどの野草(=息子)が、いったいどうやったら
暖かい春三ヶ月の陽光(=母の慈愛)に恩返しできるのだろうか。

✍️
孟郊もうこうは、中唐の詩人です。「遊子吟」は、孟郊が任地の溧陽(江蘇省)に老母を呼び寄せた際に歌った詩です。旅に出る息子のことを気遣いながら黙々と針仕事を続ける母親の姿を描いています。この詩は、慈しみ深い母の愛情と、それに心から感謝する孝行息子の気持ちを歌った名作です。息子を思う母、母を思う息子の気持ちが、平易で素朴な表現を以てほのぼのとした古風な筆致で一字一句しみじみと歌い上げられています。遙かな時空を越えて、わたしたちの胸に響くものがあります。


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