「四季」を歌う漢詩4選
春: 「春曉」
唐・孟浩然「春曉」(春暁)
心地よい春の眠り。夜が明けたのも気づかなかった。
あちらこちらから、鳥のさえずりが聞こえてくる。
昨夜は、風や雨の音が激しかった。
咲いていた庭の花は、どれほど散ってしまったことやら。
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唐の孟浩然は、李白・杜甫・王維と並んで「盛唐四大家」と称される詩人です。孟浩然の詩は、平淡自然でしかも温かみを感じさせる味わい深い趣があります。五言絶句「春曉」は、漢文の教科書に必ず採録されている作品で、日本で最も人口に膾炙している漢詩と言ってよいでしょう。「春曉」は、ごく平易な言葉を以て春の風趣を存分に伝えています。描かれている光景は、窓を開けて目に入った景色ではありません。昨夜の風雨から庭の様子を想像した景色です。すべてはまだ寝床の中で、ぼんやりとした夢うつつの脳裏に展開される春の情景です。水に濡れた鮮やかな花びらが庭一面に散り敷かれている、そんな詩人の想像をわたしたち読み手が想像する、という仕組みになっています。
夏: 「山亭夏日」
唐・高駢「山亭夏日」(山亭夏日)
緑の木々が濃い陰を作り、夏の日は延々と長く、
高殿は、影をさかさまにして池に姿を映している。
水晶の簾が揺れるように水面にさざ波が立ち、そよ風が通ったのに気づき、
その風に乗って庭いっぱいに咲いている赤い薔薇の香りが山荘中に漂った。
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高駢は晩唐の詩人です。代々軍人の家柄で節度使を歴任しました。「山亭夏日」は、夏の山荘でのひとときを歌った七言絶句です。いかにも夏らしい輪郭のくっきりとした明るい景色が描かれ、風雅な趣のある秀作として知られています。前半二句では、夏の風情を視覚で捉えて、じっと動きのない絵画的な描写がされています。後半二句では、一転して動きが生じ、そよ風が流れて薔薇の芳香が庭中に広がり、清涼感と爽快感が醸し出されます。さざ波がきらめく池の水面を「水精簾」に喩えるなど、とても手の込んでいる洒落た作品です。
秋: 「楓橋夜泊」
唐・張継「楓橋夜泊」(楓橋夜泊)
月は沈み、カラスが鳴いて、夜空に霜気が満ちている。
川辺の楓樹と漁り火が旅愁で眠れないわたしの目に映る。
ふと姑蘇城外(蘇州の町はずれ)の寒山寺から、
真夜中を告げる鐘の音が、わたしの舟にまで聞こえてきた。
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張継は、中唐の詩人です。「楓橋夜泊」は、旅愁を詠った名作として愛誦されている七言絶句です。寒山寺の名を天下に知らしめた詩でもあります。「楓橋」は、蘇州(江蘇省)の西郊にある石橋です。蘇州は至る所に水路が通じています。当時、日没後は城門が閉まって舟は城内に入れないので、城外の水路に停泊して夜を明かしました。「寒山寺」は、楓橋の近くにある寺です。旅人(張継自身)がなかなか寝付けないでうとうとしているところへ寺の鐘の音がボーン、ボーンと響いてきます。随分と時間が経ったかと思いきや、「嗚呼、まだ真夜中であったのか」と、やり過ごしようのない秋の夜長に旅の愁いを深めています。
冬: 「江雪」
唐・柳宗元「江雪」(江雪)
どの山にも鳥の飛ぶ姿は絶え、
どの小道にも人の足跡が消えている。
ぽつんと一艘の小舟に、蓑と笠を身にまとった老翁が、
ただ独り寒々とした川の雪の中で釣りをしている。
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柳宗元は、中唐の詩人です。自然と人生を枯淡な筆致で描いた詩人として知られています。五言絶句「江雪」は、蕭条たる白一色の雪の渓谷で独り釣り糸を垂れる老人の姿が描かれています。この詩は、中央の官僚であった柳宗元が永州(湖南省)に左遷されていた時の作です。政治的な挫折から孤独な境遇に置かれていた時期に詠まれたものです。そうした背景を考え合わせると、詩に歌われている風景は単なる自然の風景ではありません。独り釣る翁の姿は、孤独で寂しいという感情を表すというよりは、むしろそうした感傷に打ち負かされることのない孤高の精神を示すものと解するべきでしょう。この詩は、水墨画の世界において「寒江獨釣」という画題を後世に提供しています。
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