見出し画像

「四季」を歌う漢詩4選


春: 「春曉」


唐・孟浩然「春曉」春暁しゅんぎょう

春眠不覺曉   春眠しゅんみん あかつきを覚えず
處處聞啼鳥   処処しょしょ 啼鳥ていちょうを聞く
夜來風雨聲   夜来やらい 風雨の声
花落知多少   花落つること 知る多少

心地よい春の眠り。夜が明けたのも気づかなかった。
あちらこちらから、鳥のさえずりが聞こえてくる。
昨夜は、風や雨の音が激しかった。
咲いていた庭の花は、どれほど散ってしまったことやら。

✍️
唐の孟浩然もうこうねんは、李白・杜甫・王維と並んで「盛唐四大家」と称される詩人です。孟浩然の詩は、平淡自然でしかも温かみを感じさせる味わい深い趣があります。五言絶句「春曉」は、漢文の教科書に必ず採録されている作品で、日本で最も人口に膾炙している漢詩と言ってよいでしょう。「春曉」は、ごく平易な言葉を以て春の風趣を存分に伝えています。描かれている光景は、窓を開けて目に入った景色ではありません。昨夜の風雨から庭の様子を想像した景色です。すべてはまだ寝床の中で、ぼんやりとした夢うつつの脳裏に展開される春の情景です。水に濡れた鮮やかな花びらが庭一面に散り敷かれている、そんな詩人の想像をわたしたち読み手が想像する、という仕組みになっています。 


夏: 「山亭夏日」


唐・高駢「山亭夏日」
山亭夏日さんていかじつ)

緑樹陰濃夏日長  緑樹りょくじゅ かげこまやかにして 夏日かじつ長し
樓臺倒影入池塘  
楼台ろうだい 影をさかしまにして 池塘ちとうに入る
水精簾動微風起  
水精すいしょうれん動きて 微風びふう起こり
滿架薔薇一院香  
滿架まんか薔薇しょうび 一院かんば

緑の木々が濃い陰を作り、夏の日は延々と長く、
高殿は、影をさかさまにして池に姿を映している。
水晶のすだれが揺れるように水面にさざ波が立ち、そよ風が通ったのに気づき、
その風に乗って庭いっぱいに咲いている赤い薔薇の香りが山荘中に漂った。

✍️
高駢こうべんは晩唐の詩人です。代々軍人の家柄で節度使を歴任しました。「山亭夏日」は、夏の山荘でのひとときを歌った七言絶句です。いかにも夏らしい輪郭のくっきりとした明るい景色が描かれ、風雅な趣のある秀作として知られています。前半二句では、夏の風情を視覚で捉えて、じっと動きのない絵画的な描写がされています。後半二句では、一転して動きが生じ、そよ風が流れて薔薇の芳香が庭中に広がり、清涼感と爽快感が醸し出されます。さざ波がきらめく池の水面を「水精簾」に喩えるなど、とても手の込んでいる洒落た作品です。


秋: 「楓橋夜泊」


唐・張継「楓橋夜泊」
楓橋夜泊ふうきょうやはく  

月落烏啼霜滿天  月落ち からすいて しも天に満つ
江楓漁火對愁眠  
江楓こうふう 漁火ぎょか 愁眠しゅうみんに対す
姑蘇城外寒山寺  
姑蘇こそ 城外 寒山寺かんざんじ
夜半鐘聲到客船  
夜半の鐘声しょうせい 客船かくせんに到る

月は沈み、カラスが鳴いて、夜空に霜気が満ちている。
川辺の楓樹と漁り火が旅愁で眠れないわたしの目に映る。
ふと姑蘇城外(蘇州の町はずれ)の寒山寺から、
真夜中を告げる鐘の音が、わたしの舟にまで聞こえてきた。
 
✍️
張継ちょうけいは、中唐の詩人です。「楓橋夜泊」は、旅愁を詠った名作として愛誦されている七言絶句です。寒山寺の名を天下に知らしめた詩でもあります。「楓橋」は、蘇州(江蘇省)の西郊にある石橋です。蘇州は至る所に水路が通じています。当時、日没後は城門が閉まって舟は城内に入れないので、城外の水路に停泊して夜を明かしました。「寒山寺」は、楓橋の近くにある寺です。旅人(張継自身)がなかなか寝付けないでうとうとしているところへ寺の鐘の音がボーン、ボーンと響いてきます。随分と時間が経ったかと思いきや、「嗚呼、まだ真夜中であったのか」と、やり過ごしようのない秋の夜長に旅の愁いを深めています。


冬: 「江雪」


唐・柳宗元「江雪」
江雪こうせつ)  

千山鳥飛絶   千山 鳥飛ぶこと
萬徑人蹤滅   万径ばんけい 人蹤じんしょうめっ
孤舟蓑笠翁   孤舟こしゅう 蓑笠さりゅうおう
獨釣寒江雪   独り釣る 寒江かんこうの雪に

どの山にも鳥の飛ぶ姿は絶え、
どの小道にも人の足跡が消えている。
ぽつんと一艘の小舟に、みのかさを身にまとった老翁が、
ただ独り寒々とした川の雪の中で釣りをしている。                 
                
✍️
柳宗元りゅうそうげんは、中唐の詩人です。自然と人生を枯淡な筆致で描いた詩人として知られています。五言絶句「江雪」は、蕭条たる白一色の雪の渓谷で独り釣り糸を垂れる老人の姿が描かれています。この詩は、中央の官僚であった柳宗元が永州(湖南省)に左遷されていた時の作です。政治的な挫折から孤独な境遇に置かれていた時期に詠まれたものです。そうした背景を考え合わせると、詩に歌われている風景は単なる自然の風景ではありません。独り釣る翁の姿は、孤独で寂しいという感情を表すというよりは、むしろそうした感傷に打ち負かされることのない孤高の精神を示すものと解するべきでしょう。この詩は、水墨画の世界において「寒江獨釣」という画題を後世に提供しています。

明・朱端「寒江獨釣圖」(東京国立博物館蔵)


関連記事


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集