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「影は平羌江水に入って流る」?

唐の李白に「峨眉山月歌」という詩があります。
先日アップした「月を歌う漢詩3選」の中でもこの一首を採り上げました。

詩は次のような七言絶句です。

峨眉山月半輪秋  峨眉山月がびさんげつ 半輪はんりんの秋
影入平羌江水流  
影は平羌へいきょうに入りて 江水流る
夜発清溪向三峡  
夜 清渓せいけいを発して 三峡さんきょうに向かう
思君不見下渝州  
君を思えども見えず 渝州ゆしゅうくだ

峨眉山の上にかかる半輪の秋の月、
その月影が平羌江の川面に映り、水と共に流れゆく。
夜、清溪から船出して三峽に向かい、 
振り返っても君の姿は見えず、舟は渝州に下っていく。

さて、今回の記事は、些末なことですが、承句の書き下し文についてです。

わたしは、「影は平羌に入りて江水流る」と書き下しましたが、漢文教材、漢詩の参考書、研究書などの書籍に加えて、ネットのブログなどをくまなく調べてみましたが、このように書き下している例は皆無です。

すべての資料で、「影は平羌江水に入って流る」と書き下しています。
(「平羌江水」を「平羌江の水」としたり、「入って」を「入りて」としたりしているものも含みます。)

どちらの書き下し文でも意味はほとんど同じになりますので、詩の解釈上は問題ないのですが、漢詩を朗唱する際のリズムがだいぶ異なってきます。

二つの書き下し文に沿ってそれぞれこの詩を原文で朗唱すると、次のようになります。

「影は平羌に入りて江水流る」  影入 平羌 江水流
「影は平羌江水に入りて流る」  影入 平羌江水 流

七言詩の一句内のリズムは、「2+2+3」が基本です。

さらに、通常は、意味的に「2+2」の結び付きが強いので、
  「2+2」+「3」
というようなまとまりになります。

とすれば、漢詩本来のリズムとしては、前者の方がふさわしいと言えます。後者は句全体のリズムが悪く、特に末尾の「流」が浮いてしまいます。 


この記事は、わたしの書き下し文が正しいと主張したいわけではなく、漢詩を書き下し文で鑑賞せざるを得ない状況で必然的にこのようなことが起こることを指摘してみたいだけです。

有名な漢詩の書き下し文は人口に膾炙しているものが多いので、仮にそれが漢詩本来のリズムと齟齬があったとしても、にわかに改めるのは難しいという事情があります。

とりわけ詩吟の世界では、特定の書き下し文が「歌詞」として定着しているので、それを改めるのは困難でしょう。

理想的には、中国語で朗唱して鑑賞すれば上のような問題はなくなります。さらに言えば、広東語など南方の方言で朗唱すれば入声音にっしょうおんが残っていますので、より元の詩のリズムに近くなります。

下は、中国語の標準語と広東語で「峨眉山月歌」を朗唱した動画です。
「2+2+3」(影入/平羌/江水流)のリズムで詠まれているのがはっきり聞き取れます。

他の句(起句・転句・結句)もすべて「2+2+3」のリズムで詠まれています。

標準語:


広東語:


下は、詩吟の「峨眉山月の歌」です。


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