還る場所へ
抑うつ状態なせいか文章が書けない。躁の時のような高揚感で一気に書き上げるような過剰なパッションが影を潜めており、一言一言を探るような倦怠感のなかで言葉を拾っていく。
何を伝えたいのかもわからないが、なにか深いところに沈殿している言葉をつなぎ合わせたい。
7月7日は七夕である。七夕はもともと旧暦の行事だから今でいう8月上旬の季節である。
日本海側の小さな農村で育った。
小さい頃、8月7日に子供たちが集まって五穀豊穣を祝う七夕祭りがあり、翌8日は後夜祭で、海岸に出てスイカを食べ花火をして盛夏の一夜を過ごした。
打ち寄せる波の調べを覆うのはまさに金銀砂子という言葉でしか表せないような天蓋だった。頭上に自分のためだけに荘厳優麗なまばゆい星の砂が自分を包んでいる。あの夜の、あの海の匂い、砂のざらつき、肌に纏わりつく湿った海風、友達の歓声と、時として訪れる静寂、あの世界を経験してしまった後は、自分の人生は虚無にみちあふれた浪費にしか思えない。
生まれ育った田舎を捨て、都会の喧噪の中であくせくと働き、社会に従順に、時には不条理に耐え、精神を蝕み身体を病み、そして老いてしまった自分の還る場所はあの場所の他にはない。
私のたった一人の還る場所である。一人で死んでいく場所である。
たとえ身はどこで朽ち果てようと魂は必ずあの場所に行くだろうと確信してる。
あの時のあの場所に還り、私の肉体の全ての細胞が、魂が、あの時の砂にあの時の星に帰す。
それを確信していられるから、今、生きていられるのかもしれない。
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