第20夜 わが愛しの相棒 ウイスキー・キャットと茶トラ猫福助
「ウイスキー・キャット」をご存じだろうか。主に英国・スコットランド地方のウイスキー蒸留所にいる猫の総称だ。害獣のネズミから、ウイスキーの原料となる大麦を守ることを役目にしている。ペットとは大きく異なる、「働く猫」なのだ。最も有名なのは、グレンタレット蒸留所にいた雌猫「タウザー」だろう。生涯で2万8899匹のネズミを捕り、ギネスブックに記録された。一方、タウザーの娘は、ネズミ捕りの腕はからきしだったそうだ。狩りの才能は、遺伝しないのだろうか。
英国ウェールズに生まれ、日本に移住して生涯を終えた作家、Ⅽ・W・二コルさんの作品に、『ザ・ウイスキー・キャット』(河出書房新社)という小説がある。「アザー・キャット」という名前の猫が大ネズミとの闘いに傷ついて命を落とし、怒った蒸留所の男たちがその敵討ちをしたーという実話を元にしている。
小説の語り手として設定されているのは、架空の蒸留所グレンゴァにいる年老いた雄猫「ヌース」。子猫の時から、蒸留室の職人頭、ジムじいさんにウイスキー・キャットとして育てられる。先輩のアザー・キャットが養母となり、ネズミ捕りを仕込んでくれた。このヌースのキャラクターがいい。けんか好きで誇り高いのに、いざとなると臆病で、年を取っても好色。「うんうん、男ってこうだよね」と、思わず笑ってしまった。
私の猫飼い歴は40年近い。そのほとんどは雌だが、1匹だけ気のいい雄がいた。名前は「福助」。英国のチャーチル元首相が愛したのと同じ茶トラ柄で、巨体のおっさん猫に育った。動物好きのチャーチルは愛猫と食卓を囲むのを楽しみにしていたそうだが、福助も晩酌の相棒役が似合う猫だった。
日本の猫らしく、マグロの刺し身をはじめとする魚が大好物。私が酒肴の支度を始めると、いそいそと台所にやって来る。グリルで焼くのが魚ではなく、厚揚げや豚のみそ漬けだと分かると、何とも言えない悲しげな表情になった。食卓では、私の隣が定位置。「たくさんは、駄目だよ。キャットフードがメインなんだからね」。そう言いながら少しだけ、刺し身をちぎってやると、目を細めながら、それはうまそうに食べるのだった。
福助は晩年、腎臓を病み、11歳で虹の橋を渡った。あの小さな頭で何を考えていたかはよく分からないけれど、彼と一緒に過ごした晩酌の時間は、確かに幸福と呼べるものだったと思う。
小説の終盤、ジムじいさんは定年を迎え、職場を去ることになる。送別会が終わり、蒸留室にやって来たじいさんは、ウイスキー造りの「戦友」だったヌースにこんな言葉を掛けるのだ。
〈わしら正直な人間とおまえたち正直な猫とが仲良くすれば、すばらしいことをしでかせるんだ。神さまのお作りになった世界の動物はみんなそうしなきゃいかんのだ〉
(写真は新潟市南区で撮影したバラと『ザ・ウイスキー・キャット』の本。スキ♥を押していただくと、わが家の猫おかみがお礼を言います。下記では「新潟発のウイスキー 琥珀(こはく)色の夢」として、新潟小規模蒸溜所(じょうりゅうじょ)の「新潟亀田蒸溜所」や、吉田電材蒸留所を紹介しています)