第13夜 多和田葉子「地球に…」3部作と新潟・塩沢の雪中歌舞伎
江戸時代の文人、鈴木牧之(すずき・ぼくし)が出版し、ベストセラーとなった『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』。その舞台である豪雪地、新潟県南魚沼市塩沢で「雪中歌舞伎」を見てきた。春を前にしたこの時季に、住民グループ「塩沢歌舞伎保存会」が中心となり、上演する地芝居だ。
今回の旅は、道連れがいた。舞踊家の堀川久子さん、書家の華雪(かせつ)さん、歌人の恩田英明さん、地域文化を表す写真や映像を発掘してきた新潟大フェローの原田健一さん。着膨れて雪道を歩き、年齢も出身地もさまざまなメンバーと地芝居の感想を言い合うのは楽しかった。自分とは異なる視点で世界が切り取られ、表現されていく。
牧之通りにある居酒屋で、塩沢の地酒、鶴齢(かくれい)を酌み交わしながら思い出したのは、当地ともゆかりの深いドイツ在住の作家、多和田葉子さんの長編小説だ。『地球にちりばめられて』『星に仄(ほの)めかされて』『太陽諸島』の3部作である。
ヨーロッパに留学中、母国の島国が消えてしまった女性、Hiruko(ヒルコ)は、さまざまな出自を持つ仲間とともに、母国を探す旅に出る。彼女自身は北越(新潟県)の出身という設定だ。故郷についてはこんな描写がある。
「冬にはいろいろ行事があった。芝居の好きな土地柄なので、雪で舞台や大道具をつくって、雪組のミュージカルや雪中歌舞伎などを上演した」(『地球にちりばめられて』)
「わたしは新潟港を見て育った。向こう岸がロシアだった。ロシアはヨーロッパに続く橋」(『太陽諸島』)
実は、多和田さんは新潟に土地勘がある。『北越雪譜』をモチーフとするドイツ映画製作に参加し、2010年12月から11年1月にかけては、ロケのために南魚沼市などに滞在した。ミュージカルはともかく、雪中歌舞伎は塩沢のイメージを踏まえているのだろう。新潟市の新潟大で非常勤講師を務め、詩などの朗読イベントを開いたこともある。
『太陽諸島』でHirukoたちはコペンハーゲンから船に乗り、バルト海を旅する。背負う文化が異なる仲間たちは多様な言語を駆使して話し合い、時にはぶつかり合う。船室でHirukoがデンマーク人青年、クヌートと結ばれる場面はとても美しい。
物語の終盤、一行はビザがないとの理由でロシアへの上陸を拒否されてしまう。母国探しの旅が行き詰まる中、Hirukoは一つの決意をする。それは「消えた家」を探すのをやめて、「わたし自身が、家になる」こと。「どの土地に移り住んでも、自分が家なのだから、家を失うことはない」
母国については、太平洋上にそっくりな「ゴミの島」が出現し、住民は集団移住したらしい、という会話が出て来るが、実相はなぞのまま。ただ、Hirukoたち一行は、今後も旅を続けていくようだ。個性豊かな仲間たちと一緒に新潟にやって来る日を、地酒をなめながら待つことにしよう。
(写真は、2月18日に塩沢で上演された子ども歌舞伎「白浪五人男」の役者さんたち。♥スキを押していただくと、わが家の猫おかみ安吾ちゃんがお礼を言います。下の記事では、「北越雪譜の世界 雪中歌舞伎と雪男の酒」を紹介しています)