第18夜 コレクターのまち柏崎 屋敷妙子さんの絵と「さまよい安寿」
寝室の壁に横浜市在住の画家、屋敷妙子さんのアクリル画を飾っている。白い服を着た少女2人が、帯らしきものを引きずっていく構図だ。見えるのは下半身だけ。背景には、深い青色と植物の影が広がる。帯はぽってりと赤く染まり、重さを増していくかのようだ。奇麗だけれど、ちょっと怖い絵だと思う。
新潟県柏崎市のギャラリー、游文舎(ゆうぶんしゃ)で購入した。2021年に屋敷さんの個展が開かれた時のこと。この絵が展示されているのを見て、「まだ売れていなかったの?」と驚いた。元々は、15年から1年間、新潟日報文化面に連載された物語の挿絵である。在日韓国人3世の作家、姜信子さんの筆による『平成山椒太夫 あんじゅ、あんじゅ、さまよい安寿』に、屋敷さんが絵を付けた(16年にせりか書房から加筆して出版)。2人は中学時代の同級生で、たびたびコラボをしている。
安寿は、森鴎外による近代小説『山椒大夫』のヒロイン。弟の厨子王を逃がすために入水する。これは、室町時代ごろから語られていたとされる説教節「さんせう太夫」を下敷きにしているという。姜さんは、鴎外によって切り捨てられた「地べたから生まれてくる語り」の魂を求めて、佐渡や上越市、鴎外の故郷・島根県津和野などを訪ね歩いた。屋敷さんも一緒に旅をし、50回に及ぶ連載の挿絵を描いた。少女たちの持つ赤い帯は、地べたを這うようにして生きる人たち、苦しい生活を送る人たちの思いをすくい取っていくイメージなのだという。
この絵は屋敷さんのお気に入りで、『平成山椒太夫』の中でもひときわ大きく、扱われている。個展は新潟市や東京でも開かれ、挿絵の多くは既に売れたそうだ。なぜ、これが残っているのだろう。屋敷さんによると、個展を見に来てくれた人は必ず、この絵の前で立ち止まり、「いいねえ」と言ってくれる。ところが、いざ自宅に飾るとなると、「もっと大人しい絵」を選ぶのだとか。確かに、霊感の強い人が所有すると、何かを呼んでしまいそうな気配がある。
それにしても、この絵を柏崎で見られるとは。柏崎は姜さんが生まれて初めての旅をした地であり、原点ともいえる場所だ。東日本大震災後、屋敷さんとともに原発が立地する柏崎や福島を巡って書いた『生きとし生ける空白の物語』(港の人)という本も出版されている。
日本海に面する港町柏崎は、独特の文化的な磁力を持ったまちでもある。江戸時代、高級織物である縮(ちぢみ)の行商で栄え、その財力を背景に個性的なコレクターを輩出した。収集品を展示する「柏崎コレクションビレッジ」という観光施設があるほどだ。絵の少女たちは、自らの意思で柏崎へやって来たのではあるまいか。
彼女たちはいま、新潟市内にあるわが家でつつがなく過ごしている。夜な夜な、絵を抜け出して異空間をさまよっている可能性もあるけれど、霊感が皆無の私としては確かめようがない。
(写真は、今回のコラムで紹介した屋敷妙子さんの絵。スキ♥を押していただくと、わが家の猫おかみ安吾ちゃんがお礼を言います。下記では、柏崎市の古民家料理店「味楽庵(みらくあん)」で楽しむ旬のタケノコ料理と日本酒について、紹介しています」)