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一刻も早く楽になりたい

人間、命が辿り詰まると、何人も避けることの出来ない“死”という峠越えをしなければならない。これは己が信じようと信じまいと、どこぞの宗教で定義されていようと、それが実相における真実。このことが生前のうちに自覚出来ているのか否かでは、死後に慌てふためいたところでどうすることも出来ぬ。ここが分らず、学ばず、知ろうともせず、腹も括れないから、生前の生き方に違いが出てしまう。人間はその多くが、死ねば「何もかも終わり」となり“自分”そのものがすっかり消滅するし、生前拵えた罪も全て清算出来て、しかも“楽”になれると思い込んでいる。ここで云っておくが、これは大いなる間違い、勘違いも甚だしい。もしも、頑固に「いや、それはワタシの信条に反することなので受け入れることは出来ませぬ」やら、「私は死んで、この世から早く居なくなりたい。死んで一刻も早く楽になりたい」…という話を受け入れてくれるところはどこにも【ナイ】ということを推して知るべし。従って、人間は、万事、死後の峠の先で一体何が起こるのかを知ることに勤め、よく理解をしておく必要があるということだ。死んだら終わりの生き方と、死んでも生き続けることの生き方は、全く次元の違う話であることを今のうちに自覚し、生き方を修正しておくことを人間望まれているのである。人間は、現世の煩悩に執着すればするほどに苦しみ増え、本当の自由を得ることが益々難しくなっていく。即ち現世の煩悩を手放せられれば、真の自由を得ることが出来、それこそ“楽”になっていく。このような極簡単な仕組みを悟ることが出来たならば、己の今やるべきことがはっきりと見えてくるはず。それが己の真の道。



そのことを肝に銘じ、今世のうちに、多くの業を清算し、自我煩悩を捨て、真の自由を得、安心して死を迎えられるよう精進していきます。



有難う御座います。

幸せを呼ぶそよ風チャリダー/サステナビリティイノベーティブコンサルタント。「感謝感動を世界に地球に」のカングロ代表、ザッポス研究会、イノベーションサロンZ、システムD研究会、サステナ塾、セブメディ創設者