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古川柳八篇② いやならばいやといやれはいやみなり 柄井川柳の誹風柳多留
表題作は、ことば遊びの句。「いやいやいや」と言っている。
江戸時代の柄井川柳が選んだ川柳を集めた「誹風柳多留八篇」の紹介。
読みやすい表記にし、次に、記載番号と原本の表記、そして七七の前句をつける。自己流の意訳と、七七のコメントをつけているものもある。
いやならばいやといやれはいやみなり
85 いやならばいやといやれはいやみ也 たゝみこそすれたゝみこそすれ
「いやいやいや」とたたみかける(たたみこそすれ)言葉のおもしろさ。
「嫌ならば『嫌』と言やれ」は嫌みなり
江戸時代だけでなく、日本では古来「言葉」を使った遊びが多かった。ダジャレは掛詞なんて呼ばれ、和歌の必須アイテムだった。江戸時代には地口と呼ばれるダジャレがよく言われた。言葉で遊び、言葉で物事が動くと思っていた。言葉には魂があるという意味で言霊という言葉もある。その言葉で遊んでいるのが詩歌であり、川柳である。
どふいふ気だかと赤子に雛を見せ
160 どふいふ気だかと赤子にひなを見せ うかれこそすれうかれこそすれ
ここでうかれて(うかれこそすれ)いるのは赤ん坊の親。雛人形を、何もわからない赤ちゃんに見せている。親は、何を考えてるんだい、って周りから見ている句。
赤ちゃんを旅行に連れて出る両親
記憶に残るわけでもないのに
寒い冬の季節に赤ちゃんを連れ歩く親を見ると、おやおやおやと思ってしまう。
床をする噂で弟子がみんな引け
152 床をする噂で弟子がみんな引け うかれこそすれうかれこそすれ
「床をする」はベッドを共にするってこと。
三味線の女師匠が誰とでも寝るという噂が広がり、弟子がやめていった、という句。本当かウソかわからなくても、ウワサで炎上するのは今も昔も同じ。
逆にウワサをうまく商売につなげることもある。こんな句も。
させそうな身ぶりで弟子がやたらふへ
愛想よくすれば、「俺に気があるのかな」とうぬぼれてほいほい月謝を払って通ってくる。
ピンチをピンチと思うか、チャンスと思うかで違ってくる。
甲冑を帯したとこへ暑気見舞
165 かつちうをたいした所へ暑気見舞 はれなことかなはれなことかな
ハレの(はれなことかな)甲冑を虫干ししていて、ちょいと着てみようと身につけたら、ちょうどそこへ暑気見舞。
コスプレ中に急なお客さん。これはちょっと恥ずかしい状況。
コスプレをしてたらピンポン客が来た
出るか出ないか出ないか出るか
江戸時代にもコスプレイヤーはいた。
タイトル画像は江戸の浮世絵師、歌川国芳(1798~1861)の作品の模写。「本朝水滸伝」より。国芳は、歌川豊国に師事したが、後には葛飾北斎からも学び、西洋の遠近法からも学んでいる。
伝統を学び、新しい技法にも挑戦する勇気があった。そんな意気込みが伝わってきそうな絵が多い。(と、個人の感想です)
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