ファーブル生誕200年に秋の虫の声
もうすぐファーブル生誕200年だそうで、ファーブルと昆虫のテレビ番組をやっていた。
ファーブルといえば「昆虫記」で、「動物記」といえばシートン(1860~1946)というのは、昔の子どもたちにとっては常識だった。今の子どもたちは、ファーブルやシートンを知っているのだろうか。
アンリ・ファーブル(1823~1915)は、日本においては、昔の子どもは誰でも知っている有名人だが、母国フランスではほとんど知られていないそうだ。知っている人も、教育者としてのファーブルなどで、まあ、欧米人は昆虫自体に興味を持たないようだ。
日本では、古くからスズムシを飼育したり、ホタルをつかまえたり、昆虫と親しんできた。ファーブルの「昆虫記」を受け入れる下準備は十分だった。
「昆虫記」を最初に翻訳したのは、アナーキスト(無政府主義者)として殺害された大杉栄(1885~1923)らしく、翻訳したのが1922年、大正時代のことだ。
子ども向けの翻訳としては、平野レミの父親の平野威馬雄(1900~1986)が1947年に「少年少女のために」という副題をつけて出版している。その他にも、たくさんの翻訳本が日本では出版されている。
日本には、古くから虫に親しむ文化があった。中国を中心に、虫の声を聞く文化があった。
文部省唱歌の「虫のこえ」は知っているだろう。
いろんな虫の声をオノマトペとして表現している。日本人には、虫の声が全部違って聞こえる。世界を見渡すと、こういう民族は珍しいらしい。
風の音や波の音もオノマトペで表現する。我々は当たり前にサラサラやソヨソヨ、ヒューヒュー、ビュービューと聞き分けているが、欧米人には難しいことらしい。
虫を飼うことは、平安時代の貴族もしており、江戸時代には庶民にも広がり、虫を売る「虫売り」という商売まであった。虫売りは、マツムシ、スズムシ、クツワムシなどを売っていた。(コオロギはそこらにいて、すぐにつかまえられる)
昔の人は、虫の声を聞き分けて楽しんでいた。
同じように、鳥の声も聞き分けて楽しんでいた。
鳥の鳴き声を競う「鳴き合せ」という競技もある。有名なのはウグイスだが、ウグイスは室町時代から飼われていたようで、これまた江戸時代に飼育が広がった。もちろん平安貴族も小鳥を飼育していた。
ウグイスの鳴き声については、ずーっと昔にも書いたことがある。
江戸時代には、朝顔や菊を栽培し、たくさんの品種改良もしている。
珍しい品種は消えてしまい、野鳥を飼うことも禁じられた。せめて虫を飼って秋の夜長を過ごしたい。って、もう冬か。
日本に伝わってきた伝統を、もう一度見直したいと思う今日この頃。
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