イヴの夜くらい、奇跡が起こっても|思い出図書 vol.03
どれほど夢中になった物語があっても、続きを待ち焦がれた作品があっても、現実の分量が多くなりすぎると、フィクションに没入できなくなってしまう。
わたしはオンとオフを切り替えられる方だと思っているが、それでも最初の転職で発注側から受託側になり、異なる業界に身を置いたときは、休日であっても仕事に関する心配や自分の至らなさに対する情けない思いが、常に心の片隅にあった。
3年ほどしてようやく安定的に仕事ができるようになった時、久しぶりにハマった作品があった。
河野 裕さんの「階段島シリーズ」だ。
主人公は村上春樹的高校生男子(※個人の感想です)で、作中の人物曰く『探偵よりも犯人の方が似合う』。
青春ミステリという惹句がまさにぴったりだ。少年少女らしい青臭さとまっすぐさが「階段島」をめぐる秘密と思惑に包まれて、全く一筋縄ではいかない。刊によって読後感もずいぶん違う。
清冽な祈りのようなもので終わる刊もあれば、薄気味悪い、嫌な予感に満ちて終わる刊もある。
その中で、第二巻の「その白さえ嘘だとしても」は少し異色かもしれない。
主人公の七草のほかに、クラスメート2名の視点も交えて物語が展開していく群像劇になっているのだ。
彼ら・彼女らの物語はクリスマス・イヴの演奏会へ向けて展開し、収束していく。
第一巻では登場人物全員に対して得体のしれない印象を持っていたのだが、第二巻で彼ら彼女らの抱える葛藤に触れ「お前はおれか?」くらいの親近感に変わった。
実現が限りなく不可能と思われること。決して相容れないと思われる人。
それらに怯みながら、それでもと自らを奮い立たせながら、なんで努力が報われないのだと傷つきながら、向かわざるを得ない現実に、深呼吸をしてから足を踏み入れていく。
そんな彼ら彼女らの物語を読みながら、こちらもつい願ってしまうのだ。
クリスマス・イヴなんだから、奇跡が起こってもいいじゃないか。
フィクションの中でくらい、彼ら彼女らが報われてもいいじゃないかーーー
そうすれば、わたしも何か、救われるような気がするのだ。
その白さえ嘘だとしても(河野 裕)
新潮社