【SF長編小説】ユニオノヴァ戦記 I ー はじまりの事件 ⑯ ー 脅迫
※NOVEL DAYSにも同じものを連載しています。
※急に⑯になってますが、ここから一回につき、一話更新になり、⑧以前は今後分解して、直前は15話になる計算なので今回は⑯になりました。
※登場人物の画像はマイクロソフトの無料AI画像ジェネレーターにより、小説内の描写を中心に情報を追加して出力しています。
シェラはカップを口に当てると、カフェラテを一口含み、カップをソーサーにおいた。しかしすぐにまた手に取りを繰り返し、あっという間にカップのほとんどを飲み干した。
彼女は気づかれないように何度もキースの様子を横目で確認していた。彼の表情は良く見えないが、息遣いが少し前から微かに変わったのだ。時間が経つほどに、動揺が増しているように見受けられた。ため息や目を瞑る様子が何度か見られ、それは本気で実行の中止を考えているようにすら見えた。
このままキースが降りてしまったら、計画が成功する見込みはほぼなくなると言っていい。彼女は心穏やかではなかった。
「本当のお前はどこにいる?アカデミア、バーグが率いる盗賊団、それとも、バリーシャ?」
一ヶ月ほど前突然、端末に知らないアカウントからメッセージが入った。シェラは内容を見て背筋が凍った。彼女が盗賊団出身であること、そしてバリーシャと関わりがあることを知る人間はシェラ本人以外にいるはずがないと思っていたからだ。
バリーシャとは、ユニオノヴァからの独立を目指し十年ほど前から活動している集団だ。その存在は一般には知られていないが、シェラは以前からその名を知っていた。
バリーシャが建国地として定めている第五復興拠点シャーンクゥ管轄の一部のエリアが、シェラの出身である盗賊団の活動範囲に競合しており、稀にではあるが争いが勃発することもあったからだ。
そしてシェラは、アカデミアに入学後に、在学生の中には出自を偽ってバリーシャから送り込まれている人間が一定数いることを知った。
入学時の誓約違反ではあるが、いずれは古巣の盗賊団に復帰を考えていたシェラは、復帰する際の盗賊団への手土産としてバリーシャの情報を提供することを考えつき、バリーシャを潜入調査するために彼らに近づき、バーグ盗賊団出身であることを伏せてバリーシャの一員となっていた。
そのため、彼女が盗賊団出身でバリーシャの一員になっていることを知っている人間はいないはずだったのだ。
だが、最初のメッセージを受け取った段階では、相手がどれほどシェラの情報を持っているのかわからなかった。そのため、無闇に返答するのはリスクが高いと考え、シェラは返事を返さずに様子を見ることにしたのだ。
しかし、次の日に届いたメッセージは彼女を更に打ちのめした。
「バリーシャと関わりがあること、父親のアレス・バーグは知っているのか?お前の大切なネウロノイドは知っているのか?」
シェラはしばらくの間、身動きすることができなかった。普通だったら知りえない情報ばかりが書かれていた。相手は本気で何かを要求する意図があると察した。彼女は返答するかどうか迷った。
相手は揺さぶりをかけようとしているが、焦って返答すれば相手の思うつぼだ。シェラは自分にそう言い聞かせ、動揺を抑えながら返答を避けることにした。
しかし、次の日の朝届いたメッセージに彼女はその場にへたり込んだ。
「お前が愛情を持って接しているネウロノイドはディディといったかな?彼は起爆ワクチンの起源を知っているのか?アンティークネウロノイドにも起爆ワクチンは効くかな?」
シェラの動揺は最高潮に達した。ディディには決して危険を及ぼしたくなかった。彼女の心の支えであり、今まで彼がそばにいてくれたからこそやってこられたのだ。
相手はなんでも知っている。ディディという名前はおろか、シェラが起爆ワクチンの大元となるレシピを盗んで横流しをし、ワクチン完成に一役買っていたことも知っているのだ。ディディはもちろんこの事実を知らない。シェラは彼にこのことを知られるのが怖かった。しかしそれ以上に、彼が起爆ワクチンの犠牲になることだけは絶対に避けたかった。
「要求は何?」
彼女はシンプルに返答した。しかし、震える指先はコントロールを失い、この数文字を打つのにも時間を要した。すると、待っていたかのように数秒もせずに返信が返ってきた。
「お前と同じ盗賊団出身のキースが水面下で略奪の準備をしている。私との接触は伏せ、キースを手伝え。計画に失敗すればそれなりの報復が待っていることを忘れるな。」
シェラはしばらく迷い、『わかった』と短く入力すると、躊躇いながら送信ボタンを押した。そして、目を瞑りうずくまった。
孤独と恐怖、不安に耐えられず、彼女は顔を伏せ、嗚咽を堪えきれず声を立てて泣いた。心の中でディディを求めた。彼に寄り添って欲しかった。しかし、そんな彼は今一番の危険に晒されている。しかも、原因は彼女が蒔いた種だ。
相談する相手もなく、断る術もなかった。彼女の異変に気づき、声をかけるものさえいなかった。
シェラは指示を出された通り、キースに近づき、この一ヶ月間協力をして計画を進めてきた。今回の計画が成功すれば、ディディに危険が及ぶことはないという約束は取れていた。信じられる相手かどうかは定かではなかったが、信じるより他になかった。
とにかくキースを計画に繋ぎ止める方法を模索しなくては。シェラはキースに気づかれないように再び横目で様子をうかがった。
少し前から、彼はテーブルに両肘をつき、組んだ手に額をつけ止まっていた。それはまるで、そこだけ時間が止まっているかのように微動だにすらしなかった。その様子からは彼が何を考えているのか全く窺い知ることができず、シェラの焦燥感は募るばかりだった。彼女はキースが再び口を開くときには、計画断念した時ではないかと不安になり、我慢できずに口を開いた。
「今更何を迷うことがあるの?あんたがこの計画を引き受けたのは、何か弱みがあったからじゃないの?」
「…」
「この計画を実行に移さなかったら、不利益があるんじゃないの?」
「…悪いけど、少し黙っててくれないか。オレが引き受けた理由はあんたに関係ないはずだ。」
「だけど、関わっているこっちとしては、気になるじゃない。しかも、今までの準備が水の泡なんてあり得ないわ。私がどれだけの時間を費やしたと思っているの?」
「?」
突然、キースがシェラの方に顔を向けて、彼女の目を見つめた。シェラは心の中を見透かされそうな気がして、視線を合わせたくなかった。しかし、察しのいい彼のことだ。ここで視線をそらせることがあれば、彼女が指示を受けてキースに近寄ったことを勘付かれるかもしれない。シェラは「何?」という表情をして、キースを見返した。
「あんたさ、そんなに計画に執着するタイプだったか?」
「!」
「この計画が決行されないと、何か困ることでもあるのか?」
シェラの心臓は突如、暴れるように拍動した。それは、外に音が漏れているのではないかと思われるほどだった。しかし、キースに悟られるわけにはいかない。彼女は表情と息遣いだけはなんとしてでも繕おうと、必死になった。しかし、このまま押し黙ることは相手の言ったことを肯定したことになるだろう。シェラはなんとか自分を奮い立たせた。
「今回は私もかなり時間をかけて丁寧にやったつもりだから、結果が気になるだけよ。」
「…じゃ、オレがどんな答えを出しても、いいってことだな。」
シェラは一瞬呼吸が止まりそうになったが、すぐに気を取り直して、何事もないようなふりをして続けた。
「私は構わないわ。でも、盗賊団から足を洗っていたはずのあんたが、こんなことに手を出すには、何か理由があったんじゃないの?逆にあんたの方が大変なことになるんじゃないの?」
キースはシェラの両目を更にしっかりと見つめた。シェラのことは十年以上知っている。彼女がこんな風に他人の立場を気にかける性質ではないことをキースはよく知っていた。彼女は確実に何かを隠している。だが、計画を実行する直前で交わす議論でもないだろうとキースは考えた。
むしろ、彼女の本心を知ることなく、計画を実行するか否かを考える方が楽だと判断した。キースは基本的に面倒見が良い性格ではあるが、本心や事実を隠し、欺こうとする人間に対して、気遣いや敬意を払うほどのお人よしではない。
キースは何も返答することなく、シェラから目をそらせると、先ほどと同じように組んだ両手に額を当てて目を閉じた。
『まずい。』シェラは心の中で舌打ちした。キースが本当に計画の実行を断念する前に、行動を起こして、後に引けない状況を作り出さなくては、計画が成功する可能性がゼロになってしまう。焦燥感は彼女を凶行に駆り立てた。
シェラはアンドロイドやネウロノイドへの指示を出すために渡されていた端末に手をかけると、計画の実行へ向けて最終の動作確認をするふりをしながら、案内役をしているネウロノイドのネロと、騎士候補生一行に一番近い場所に待機しているアンドロイドに指示を入力した。さらに、その他の人工人体には騎士候補生の動きを完全に封じるまで攻撃を続けるよう設定をした。
『これでキースが計画から手を引けなくなりますように。』と願いながら、シェラはプログラムの実行ボタンを押下した。