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【SF長編小説】ユニオノヴァ戦記 I ー はじまりの事件 ⑧ ー

※NOVEL DAYSにも同じものを連載しています。
※登場人物の写真はマイクロソフトの無料のAI画像ジェネレーターで登場人物の小説中の描写と追加情報を入力して作成しています。
(頭の中でイメージした人物がそのまま画像にできるって…まるでSFの世界のよう…)

直感

 ヴィクトルとシルヴィオの間で緊張感が高まっていた。相手にアカデミア関係者がいることが想定される以上、こちらも彼らの技能に対応するために本気で、真剣に取り組まなくては略奪を成功させてしまう可能性がある。

 しかし、ここまでシルヴィオと会話をした事で、さらに頭の中が整理されたヴィクトルには、それ以上に気掛かりな存在が浮上していた。真の黒幕の存在だ。

「でも…アカデミア関係者がいるとしても、それは前線の人間だね。」
「はい…私も同感です。仮に、あなたが言う規模ならば、アカデミアだけで完結できません。」
「ユニオノヴァの名門家が関わっているだろうな…。」

 声を潜めた会話ではあるが、ヴィクトルの声色には明らかに、先ほどまでには無かった不安な色を含んでいると、シルヴィオは感じた。

 技術的な面や計画の準備は、アカデミアで学んでいる、もしくは修了している人間が関与しているのは確実だろう。しかし、この大規模な略奪の発案者は、アカデミアだけではなく、ユニオノヴァとの深い関わりのある人間だろう。ユニオノヴァを自分の庭のように知り尽くしている人間でなければ、宇宙空間に浮かぶ、命の危険と隣り合わせの場所で犯行を計画しようなどとは思わないはずだ。

「どうしますか?まさか、ユニオノヴァ創立以来の50以上ある名門を敵に回す気はないですよね。」
「50以上って言うけど、多くてもその中のいくつかだろ。みんなが敵に回るみたいに言わないでよ。さすがに怖気づく…」
「あなたを止められるものなら多少大袈裟な物言いもしたくなります。」

 ヴィクトルは深刻な表情をして顎に手を当てた。名門家はユニオノヴァへの貢献度に応じて、五つの階級に振り分けられており、シャンドラン家は上から二番目の階級に位置している。上位の方だが、一番上の階級には四つの家が君臨している。

「名門は敵に回したくないな…カイルにだけは迷惑をかけたくない…別に、シャンドランなんかどうでもいいけど…」
「…『シャンドランなんか』の部分は余計です。」

 無闇に追い詰めた結果、上位四家のいずれかが絡んでいた場合、シャンドラン家全体へ影響を及ぼすほどの問題になるのは必至だろう。そうなれば、次期当主になる可能性が高いカイルには多大な負担をかけることになる。

「でも…不正を見逃してカイルを失望させたくない…」
「大袈裟な…状況が状況だけに失望なんてしませんよ。特にカイルに至ってはあり得ないでしょう。」

 シルヴィオはため息をついた。カイルが絡むとヴィクトルはいつもこんな調子だ。四年前の事件が兄弟の関係性を変えてしまっていた。それ以来ヴィクトルは、カイルを慕っているにも関わらず、後ろめたさから顔すら合わせられない状態だ。だが、何かあれば必ずカイルの心情や立場を中心に考え、彼が望みそうなことや、彼にとって最善の方法で支えようとする。そして、自分を追い込んで、数ある選択肢の中で一番過酷なものを選択する傾向にある。

「黒幕を炙り出さなくても、計画を阻止することはできるよな。」
「…はい。」
「基本的に、違反行為は好きじゃない。犯罪の匂いがすればなお嫌だね。」
「あなたの性格では見逃すなんて無理でしょうね…。」
「きっと、カイルが僕の立場でも、阻止することに重点を置くよね。」
「それは、そうでしょうけど…。」

 ヴィクトルがカイルのことを意識していることは間違いない。しかし、カイルを理由にして行動しようとしているのは、この局面をどうしても見逃したくない気持ちも強いのだろう。不正に対しての厳しさはおそらく、カイルと同じか場合によってはそれ以上かもしれない。更には、カイルに認められたい、必要とされたいという気持ちも強いのだろうとシルヴィオは推察した。

「予測できていたのに、阻止しなかったら、僕が生きている価値はないしね…」
「…それはまた大袈裟な…」
「昔みたいな関係に戻ることはできないけど、少しでも…カイルに頼りにされる存在になりたい…生き残っちゃった意味だって…見つけなきゃだし…」
「…」

 ヴィクトルは少し悲しげに口元に笑みを浮かべた。それを見て彼の決心が固いことを察したシルヴィオは『仕方ない』といった笑みを浮かべ、ヴィクトルの言葉を待った。

「黒幕の存在、気づかなかったことにして計画だけ潰す。」
「はい。」
「黒幕を追及せずに計画だけ確実に潰せば表だっての抗議はできないよな。」
「でしょうね。略奪は当然、ユニオノヴァでも違反行為です。」

 二人は、お互いの意思を確認し合うように、一瞬だがしっかりと視線を合わせた。目の前で事件が起こることが想定される今、ユニオノヴァの損害を最小限に抑えるように立ち回るのは当然だろう。それが、二人の出した結論だった。

「じゃ、話を少し戻すけど…とにかく、犯人たちは他のプラットフォームで略奪を企てていて、セキュリティーリソースを第一プラットフォームに集中させ、見学中の騎士候補生も含めて、しばらくここに引き留められればそれでいいんだ。」
「なるほど。」
「で、本命は第三ターミナルの第七か八のプラットフォームだ。」
「どうしてそう思うんです?」
「ここから一番離れている、対角線上にあるターミナルの輸送用宇宙船のプラットフォームだから。」

中継ステーションエルダは、中心に位置する平行四辺形の形をしたセントラルコアエリア、通称セントラルと、その各角に一つずつ、合計四つのターミナルを持ち、その先に二〜四つのプラットフォームが続く形で構成されている。第一ターミナルの対角線上にあるのが第三ターミナルで、第六〜第九プラットフォームに繋がっている。

 第七、第八プラットフォームは、中型の貨物船専用で、積荷は主に武器や武器のためのエネルギーカプセル、弾薬、人工人体、通信機器、任務地で消費される保存食を含む各種消耗品だ。

「第一プラットフォームに停泊する運搬用宇宙船は車両用だ。特に、アリアが運搬するのは作業用や軍用車両で大きい。」
「略奪に成功しても、地上に駐留するユニオノヴァ関係者にすぐ見つかるでしょうね。」 

 ヴィクトルはしっかりと満足げに頷いた。まるで自分と話しているかのように、意図を理解するシルヴィオとの会話は、ストレスがなく作戦が立てやすい。

「第七、第八に停泊する船が運搬する小型の軍事機器や消耗品は、地上に持って行ってしまえば足がつきにくい。」
「当然、消耗品は消費され、人工人体も手を加えれば外観上誤魔化しが効きむすからね。」
「ああ、それに、銃などは小さすぎて一つ一つ確認するのは困難だ。略奪するのには、現実的だよな。」
「はい。現時点では想像上の仮説の域ではありますが…。」

 シルヴィオは結論を出すための決定的な理由に欠ける気がして、手を顎に当てて、俯いた。第一プラットフォームについては、今目の前にある光景からある程度根拠があると確認できる状態だ。

 しかし、第七、第八に関しては未だ推測の域を出ていない。停泊している船があるかどうかわからず、スケジュールもセキュリティー体制も見ているわけではないため、何一つ目に見えて確認できているものがない。

 この状態で事を進めるのは、シルヴィオの特性上、得意とは言えない。第七、第八の状況について働きかける必要があるならば、シルヴィオはできる限り多くの行動の基盤となる根拠が欲しかった。

「本命が第七か第八に停泊中だと判断する要素は他にありますか?」
「あとは…直感。」

 ヴィクトルは少しイタズラっぽくウインクしてみせた。

 シルヴィオは小さくため息をついた。明確にするつもりが、まるで予想外の敵が目の前に立ちはだかったようだった。『直感』という感覚は、彼にとって理解不能な領域の話だ。

 そんなあいまいな根拠に、シルヴィオは論理的には納得できなかった。しかし、ヴィクトルの『直感』が大抵の場合、方向性としては間違ったことがないのを、シルヴィオは経験上知っていた。更には、成果を伴う場合も多かった。そんな経験の蓄積から、

『ヴィクトルの直感は、目に見える確証はないが、信じる価値がある』

と、シルヴィオは定義するようになっていた。

 少なくとも今回の件は、全体的に見ればここまでの彼の説明や考察に納得できなくもない。しかし、持ち合わせた情報や推論を繋ぎ合わせた結果、最終的な判断を下す切り札が、『直感』というのは、彼ならではというべきか。


信じて

 シルヴィオの迷いをよそに、ヴィクトルは続けた。

「思い通りにさせないために一番重要なのは、奴らの裏をかいて騒がないことだ。中継ステーション内のパニックや混乱を避けるため、事が起きても第一ターミナル内はいつも通りのオペレーションを保つんだ。それと同時に、第七、第八の出航予定を調べて、この時間枠で停泊していて、積荷を完了している宇宙船がないか確認。万が一、僕の想像通りの船があったら、それはすぐにセキュリティ本部に連絡して、調べさせて。」
「なんて言うんです?」
「さっきと同じで、理由なんて何でもいいよ。略奪の計画があると匿名の垂れ込みがあったとかなんとか…とにかく本部が動けばいいんだから。」

 シルヴィオはヴィクトルの突拍子もないアイデアと指示に頭の中の情報整理に困惑していた。パニックを避けるため、緊急事態時こそ平静を装えという指示は過去のオーナーからもされたことは数回ある。しかし、平静を装うだけじゃなく、先ほど指示された『状況の問い合わせに対して偽る』でもなく、今度は『セキュリティー本部を動かすためにハッタリもきかせろ』とこの人は言っているのだ。

 過去の出来事を記録し、有事にそれらを参考にして、提案を組み立て提示するのは得意だが、全く新しい考えや方法を急に投げかけられて、指示された通りの結果に導くために考えて行動しろという命令は今まで受けたことがなかった。

 前例がなければ、選択する方法が正しいかどうかの検証すらすぐにするのは難しい。似たものがなければ、極力近い案件を探し、整合しない箇所を何かしら補完して現状に落とし込み、擦り合わせて検証することは恐らく可能だが、これには時間がかかる。即座に答えを出したり、返答することはできない。

 ヴィクトルは少しシルヴィオの様子を気にするように、横目で彼を見た。かなり負担をかけてしまっているはずだと認識はしていたから気になったのだ。しかし、ここは彼に頑張ってもらわなくてはならない。ヴィクトルは少し彼の様子を気にかけながら、指示を続けた。

「念のため整理するけど、応援はアカデミア騎士団一択。ステーション内に関しては、さっき言ったみたいに、ここでは何事もないように見せかけながら、第七、第八の予定を確認して、僕の想像通りの船が停泊していたら、セキュリティ本部に調査するよう、シルヴィオは働きかける。いいな。」
「…はい。ですが、第一ターミナルと、ここまでの間のコンコースに数箇所設置されている隔壁はどうします?」
「もちろん閉じるな。閉じれば警備隊の気を引いてしまう。」
「ですが、万が一の事態が発生して、プラットフォームに穴が開くようなことになったらどうします?民間人の犠牲者が出る可能性が高まります。警備チームの配置を変えることなく、数人だけでも応援を頼むなど、セキュリティー本部に掛け合うなどした方が安全ではないですか?」
「有事にそんな余裕はないはずだ。迅速に畳むに越したことはない。擦り合わせる時間がもったいない。それに、何も起きていない段階でこんな話したら余計混乱する。」

「…ですが」とシルヴィオが言いかけたところで、ヴィクトルは手を上げて、シルヴィオを制止した。

「37体だ。」
「37体?」
「コンコースの入り口からここの入り口までの間に立っていたアンドロイドの数だ。」
「?」

 だからなんだというのだろう。ヴィクトルの意図が掴めず、シルヴィオは少しだけ眉を顰めて、横目でヴィクトルに視線を送った。

「そんなに心配なら、37体プラットフォームに入り切ったら、出入り口のゲートだけ閉じて施錠すればいい。すぐに終わらせる。」

 その言葉になぜかシルヴィオは反論したくなった。この人は自分のことを考えなさすぎる。

「この際だから言わせてもらいますが、私はあなたの立ち回りが気になるのです。敵はコンコースから流入する37体な訳ないですよね?今このプラットフォーム内の全個体が敵に回るでしょう。ざっと計算しても150体以上なのは確実です。しかも、他の候補生たちがどれだけ戦力になるかも見込めません。場合によっては一人で対応しなくてはならなくなるでしょう。」

『だから何?』とでも言いたげにヴィクトルは鼻で笑った。

「こんな戦い方をしていたら、いつか命を落とします。戦いに勝っても、戦闘が終わった後崩れ落ちて立てなくなるほどの消耗は危険です。ユニヴェルスーツを着用中は、消耗しすぎて命を落とすことだってあるんですよ?危険性を考えるべきです。」
「この際だから僕も言わせてもらうとさ、君、最近人間っぽい干渉してくるようになったよな。」
「え…?」
「ま、いいや。それはそうと、とにかく、色んな意味で大丈夫だ。心配ない。」
「何を根拠に…」

 すると突然ヴィクトルは一瞬立ち止まった。シルヴィオよりも少しだけ背の低いヴィクトルは少し下から人懐こく自信に満ちた視線でしっかりとシルヴィオの瞳を見つめた。そして安心させるように口角を上げてみせた。

「信じて。」

 シルヴィオはやるせない笑みを浮かべた。彼の『信じて』にはなぜか反論できない。しかし、こう言った時のヴィクトルが失敗をしたことはない。口下手で説明をするのが得意ではない彼のシルヴィオを納得させる常套手段。シルヴィオに対してだけする言動であることを考慮すると、更に反論する気が起きなくなるのだ。

「…わかりました。」

 シルヴィオは渋々ではあるが承諾した。納得はできないが、彼にはヴィクトルを信じる選択肢しかなかった。

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