青島太平洋マラソンを完走して
昨日、人生2回目のフルマラソン、そして2024年最後のフルマラソンである青島太平洋マラソンを無事に完走しました。
ゴールラインを越えた瞬間、喜びや道中の景色が頭の中に広がると同時に、「走りきった」という達成感に変わりました。
今回は、その内容を熱く熱く、語っていきたいと思います!!!
当日の準備
11月に初めてのフルマラソン、福岡マラソンに挑戦したばかりだったので、今回の青島太平洋マラソンは「より余裕を持って走る」ことを目標にしていました。
福岡マラソンの制限時間は7時間だったのに対し、青島太平洋マラソンでは制限時間6時間20分。
福岡マラソンでは6時間45分で走りきっているので、余裕を持って走ると考えると、30分以上はタイムを縮めなければなりません。
水分補給もサクッと済ませてトイレも極力最低限でいかないと、走り切れないだろう。
そう考えて、練習では疲労を溜めすぎないよう注意しながら、短めのジョグやストレッチに重点を置き、レース当日に向けて体調を整えることを最優先にしました。
1か月前に福岡マラソンを走っているので、距離走はもういいかな、それよりも6分半のスピード感を体に覚えこませようと思っていました。
それから、トイレ休憩を極力減らすため、そして当日のカフェインの効果をあげるため、コーヒー断ちをしました。
福岡マラソンの経験から学んだことも多かったというか、福岡マラソンを走っていなければ、おそらく作戦不足により、DNF(途中棄権)していただろうなと思います。
今回は福岡マラソンから学んだことを活かし、走り方、補給食や水分摂取のタイミング、トイレ休憩をしっかり計画して臨みました。
当日の朝
駐車場が例年7時には満杯になると聞いていたので、この日は朝4時に起きました。
興奮や不安で眠れなかったこともあり、ねむすぎました。
父とともに朝5時に出発し、コンビニでうどんとゼリー飲料を購入。
無事に駐車場に車を停め、車内でうどんと持参したカステラ、ゼリー飲料を食べました。
そしてワセリンを忘れずに塗り塗り。
福岡マラソンではワセリンを塗り忘れたことで、しばらくお風呂タイムが地獄の時間になったので、念入りに。
駐車場は大会会場から30分ほどの場所だったので、7時くらいからアップも兼ねて移動しました。
朝方は最低気温3℃に震えてましたが、太陽が出てきてからはダウンいらず。
スタートまでは長袖+大会Tシャツの上に上着を羽織っていましたが、長袖+大会Tシャツでいけるな、と判断しました。
また、福岡マラソンの反省を踏まえて直前までに2回トイレに行きました。
寒かったので、スタートしてすぐにトイレ〜とかにならないようにと思い…。
スタートから街中に行くまで
しかし、やはりマラソンは甘くありません。
青島太平洋マラソンは、青島の海沿いからバイパスを通り、街中を行き、また青島に戻ってくるコース。
バイパスがなかなかしんどかったです。
普段は車で行く道ですが…景色があんまり変わらなくて辛かった…
また、スタートしてしばらくのち、膝の違和感と脚が攣りそうな予感がしました。
スタート前に脚つり予防に芍薬甘草湯を飲んでいたのですが、やっぱりこの寒さに慣れてないからか、と思ったりするなど。
でも、福岡マラソンのとき、沿道で応援してくださってる方が掲げていた、「その痛みは気のせい」という言葉が頭をよぎり、「気のせい」「フルマラソンの違和感は気のせい」と言い聞かせていたら、10kmあたりで違和感はどこかに行っていました。
関門は、第一関門(1.4km)、第二関門(10.1km)、第三関門(12.7km)、第四関門(17.9km)、第五関門(20.6km)までを、それぞれ30分前に順調に通過。
風がちょっと強かったですが、まだ脚が元気な時で良かったです。
帰りに向かい風だったら心が折れてたかも。
17km地点では、お世話になっている整骨院の担当さんが応援にきて下さっているはずだったので、とにかく約束の時間までに辿り着かなきゃ!と思って走りました。
結局、人が多過ぎてお互い見つけきれなかったんですが、「待ってくれている人がいる!」というのはめちゃくちゃモチベーションがあがりますね。
また、金曜日の練習会で「だいたいハーフはこのへん」という目星がついていたのも良かったです。
「ハーフ地点はまだか…!」という気持ちにならず、安心して走れました。
やっぱり下見は大事。
街中から青島に戻るまで
福岡マラソンを経験していたおかげで、20km地点を過ぎてもさほど心配はありませんでした。
まだ脚は動いていたし、前回も同じように20km過ぎたあたりまでは元気だったし、制限時間まで30分以上は余裕を持って走っていたので、まあ30kmまではなんとか行けるだろうと思っていました。
また、補給ジェルや補給食を多めに持っていっていたのも良かったと思います。
途中のエイドでは補給食がもうなかったりっていうこともありましたけど、スポーツようかんを口に入れてお茶で流し込んだら、身体を動かす元気が湧いたからです。
それから、沿道で炎のストッパー・津田恒実さんの名言を掲げていた方がいらっしゃいました。
これが結構心に響いたというか、後々のわたしを救ってくれる救世主となりました。
順調に30kmまでは走ってこられて、なんとか宮崎市中心街から元の青島までは戻ってこれましたが、やはり30kmを過ぎたあたりから足が重くなり、36kmでペースが思うように上がらなくなりました。
福岡マラソンの時と同じように「30kmの壁」を感じましたね。
脚が売り切れてしまって結構歩いたりしてたので関門も迫ってきており、「やっぱり6時間20分は厳しいよな…」と一瞬思いました。
しかし、先にゴールしていたランニングサークルのメンバーが待っていてくれていること、そして先にあげた津田恒実さんの名言に励まされ、ラストの3kmくらいはとにかく必死で走りました。
そのラストのしんどい中ですごく励みになったのは、高校生ボランティアのみなさん。
私設のエイドを用意してくださっていたみなさん。
全力で応援してくださる沿道のみなさんの声援でした。
そして迎えたゴール。
フィニッシュアーチをくぐった瞬間、「完走できた」「やればできた」と晴れやかな気持ちになりました。
「もうダメだ」と思った瞬間もあったけれど、乗り越えた自分を誇らしく感じます。
マラソンが教えてくれるもの
今回のマラソンでは、「自分の限界は自分が作っている」ということを再認識しました。
体力や脚の筋力はもちろん前提として必要でしょうが、「絶対にゴールする」「やりきる」という気持ちを最後まで持てるかどうかが大事だなあと思いましたね。
今回、6時間20分切りは無謀な挑戦だったかも、と思う瞬間がありました。
でも、少しずつ積み重ねていけば、無理だと思っていたことができるようになる。
終わった後で父から、「お前ネットタイムなら6時間2分じゃん。サブ6いけたぞ」と言われて驚きましたが、積み重ねのおかげなのかなあなんて思いました。
マラソンはそれを体感させてくれます。
沿道の応援が「みんなで挑戦している」という気持ちにさせてくれるのも、フルマラソンの魅力だと改めて感じました。
今回、本当に高校生ボランティアのみなさんにはすごく励ましていただきました。
手を振ると「きゃー!!!」と言って飛び跳ねて手を振りかえしてくれる、ハイタッチの際に「ありがとう!」と言ったら「頑張ってください!」と声がけしてくれる。
寒かったはずだし疲れているはずなのに、みんな素敵な笑顔でした。
また、私設エイドや私設のゴミ箱を用意してくださる方、グッズを作ったり、わざわざ時間を作って応援してくださる方には本当に感謝しています。
いろんな方のご厚意で大会が成り立ち、いろんな方に支えられて走らせてもらっている。
その気持ちを、次の大会でも忘れないようにしたいと思いました。
次の目標へ
来年度の初戦は、鹿児島で開催されるいぶすき菜の花マラソンです。
次はサブ6を目指していきたいと思っています。
亀のような成長スピードですが、ちゃんと成長できていることを今回の青島太平洋マラソンでは実感できました。
そして、福岡マラソンよりも30分はタイムを縮められましたが、「もうちょっと頑張れたな」と思う場面がいくつかあったので、来年もまた青島太平洋マラソンには挑戦して、リベンジを果たしたいと思っています。
最後に、応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました!
またいぶすき菜の花マラソンで頑張ります!