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かががいる

ゴリブリと蚊、どちらが嫌いか聞かれたら迷う、と言ったら夫に驚かれた。圧倒的にゴキブリだろう、と。

個人的に、前者がもたらすのは「絶望と恐怖」、後者は「憎悪」なのだ。ジャンルが違う。

蚊を憎しみ嫌っている。痒みが何度もぶり返すからだ。下手したら1週間ほど断続的に痒いこともある。

これが体質だと知ったのは大人になってから。愕然とした。世の人間は皆、この痒みが数日続いたり、掻きむしり過ぎて膿んでしまったりするのが当然なのだと思っていた。実はその程度はそれぞれで、人によってはすぐ痒みが引くらしい。

ここに来るまで、わたしが感じていた蚊へのストレスは一般的なそれの数倍にあたるのでは、と衝撃を受けた。そんな訳で、わたしのこの虫に対する憎悪は他人と比べ物にならないようだ。

こういった背景があるため、わたしは蚊を見つけると目の色を変えて、徹底的駆逐モード。まるで何かが憑依したかのように。

「蚊が!蚊がいる!!蚊が!!」と殆ど半狂乱である。

幼い娘たちからすれば、中腰で両手を構え、憎しみの表情で目だけ泳がせながら、空中にいるらしい「何か」を探す母親の姿に、けっこう狂気を感じるだろう。母が憎悪をにじませ探し続けている、そいつは何者なのかと。

相手を取り逃した際には、「蚊がまだおる…蚊がおる…」と呪いの言葉を吐き続け、執念の果てに叩き潰すと
「やったぜ…愚か者め…!」などと満足げにつぶやくその姿は、ほとんど鬼か魔女であろう。

そんな母の背中を見て育った幼い娘たちに、蚊は徹底して忌むべき存在としてインプットされたらしい。当然だ。

蚊を見つけるたび、「おかーさん!かが!かが!!」と絶望的な声で報告するようになった。いちいち、この世の終わりのように泣き叫ぶのはすこぶる面倒くさい。蚊くらいで泣かないの!!とわたしは八つ当たりしている。どの口が言ってんだ。

しばらくして、長女の発言に違和感をおぼえた。

「おかーさん!かがが!かががいるよ!」
「おかーさん、かがに刺された…」

「が」、多くね?

どうやら「か」ではなく「かが」として、彼女の中でこの生物は認識されているようである。

1文字、1音の名詞「か」ではないのだ、続く助詞「が」も含んで1単語なのだ。だから「【かが】がいる」。

なるほど確かに、そもそも日本語における助詞は省略されがち、何なら無くたって伝わる。(ex.もののけひめ「おれたち、にんげん、食う」)

わたしの言う「蚊が!」そのものを1単語として捉えたわけだ。母の形相と声色のインパクトも手伝ったのだろう。

そもそも、1音で1単語成立すること自体がけっこう面白くないか。娘の発言をきっかけに、ちょっと考えてみた。他言語は知らんが、日本語にはこの「1音で1単語」、わたしが知っているだけでもかなりの数がある。

五十音ひたすら考えてみたのだが、驚くべきことに1音の単語が無い音の方が少ない。何なら2つ以上の意味を持つ音もある。
恐らく、日本語の「1字1音」という発音の特性が影響しているのだろう。
(因みに圧倒的に【ら行】は少ないと思う。しりとりでも外来語に頼りがちな行だが、日本語の名詞向けではない音なのか)

当然ながら、日常生活における使用頻度とシュチュエーションは単語によりそれぞれ異なる訳で、今回の「蚊」については、わたしの怒声効果がかなりでかい。
「蚊が!蚊が!」とむやみやたらに連呼するもんだから、語彙習得中の幼児には勢いそのまま、「かが」とインプットされた訳である。

これが場合によっては「目が!目がぁぁッ!」(ex.ラピュタ)となることもあるだろうし、「毛が…毛が……」等もありうる。いずれにしても好ましくない状況のようだ。
歯、手、胃…人体を表す名詞に一音が多い理由は何となく分かる気がする。因みにこれらの単語、我が子は正しく1音で認知している。

つまり、様々な条件が重なった結果としての「かが」なのだ。(というか狂気じみた母な)

ちょっと話はそれるが、以前、動物園で小さな飼育小屋の立札に「ニホンノウサギ(JAPANESE RABBIT)」と書いてあるのを見た。

「日本のウサギ」ねぇ…。

ふがふがと鼻を動かすウサギをほのぼのと眺めていたら、見ず知らずの見物人の話し声が聞こえてきた。

「ニホンノウサギ…あっ、日本・野ウサギか!!」

その瞬間のわたしの脳内はまじで「?!?!」である。日本・野ウサギ?!
確かに、確かに。本来学名を載せるべき立札に
「にほんの、ウサギ〜♩坊や〜良い子だ、ねんねしな♩」
ではいかんのだ。(※イメージ)

この「の」を助詞として扱うか「野」として名詞(今回は結果として複合化しているが)として扱うかで、名前としての印象がガラリと変わる。おもしろ。というか、難しい。読み手の発想の瞬発力、試されてないか。

そんな訳で日本語の難解さと面白さを感じるこの「1音の名詞(単語)」と「助詞」の使い方。

因みに我が子の「かが」の一件は、なかなか興味深いのでとりあえず経過観察している。彼女の中で、この虫はしばらく「かが」のままにさせてもらう。

先日、庭先で花壇の近くにいた長女が騒ぎ出した。

「おかーさん!お花のとこに、ががが!!ががが!!

【がが】が、いる!!!」

いや、なんかもうそれは色々とめちゃくちゃ過ぎやしないか。

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