【中国語原書】『鏡湖』慶山(安妮宝貝・アニーベイビーからペンネーム変更)
今日は、ペンネームを安妮宝貝(アニー・ベイビー)から変更した作家、慶山の『鏡湖』を紹介したいと思います。
慶山『鏡湖』北京聯合出版公司
慶山(チンシャン)は、1974年、中国浙江省寧波市生まれの女性作家です。
中国銀行、出版社勤務を経て、1998年より安妮宝貝(アニー・ベイビー)というペンネームで、インターネット上に小説を発表しています。
2000年に出版された『告别薇安』(翻訳版:『さよなら、ビビアン』小学館、泉京鹿訳)は、中国で50万部を突破するベストセラーとなりました。
また、小説『蓮花』『春宴』やエッセイ『素年錦時』など、数々の代表作を生み出しています。
その後、2014年にペンネームを「安妮宝貝」から「慶山」(庆山)に変更しました。
理由については、今の自分の状態や心境によって、シンプルな名前を選んだだけであり、深い意味があるわけではないーと語っています。
今回紹介する『鏡湖』は、ペンネーム変更後の2018年、これまで発表したエッセイ集から作品をまとめたものとなっています。
『鏡湖』というタイトルについてですが、慶山によると、これらの文章は心から自然にあふれ出たもので、鏡のような大きな湖となっている。
そこに映し出されているのは自分の過去、現在、そして未来であると述べています。
この本は3月から12月までの日記形式となっていて、日常生活で感じたことや、旅行記、短編小説、時には人生観を語ったものなど、内容は多岐に渡っています。
内容的に理解するのが難しい作品もありましたが、文章はとても美しく、読んでいて心穏やかな気持ちになりました。
ここで私の大好きなエッセイの一つを紹介します。
娘さんとの日常生活の一場面を描いたものです。
彼女は子育てにおいて、娘さんにテレビは見せずゲームなどもほぼさせず、ちょっと厳しい面もあるのですが、この作品から娘さんへの思いが感じられました。
ある晩、夕飯後に、慶山と娘さん(当時5ー6歳)が夜の散歩に出かけた時のこと。
途中でスーパーに寄り、娘さんの希望で、スズランの香りの石鹸を買いました。
スーパーで石鹸のパッケージをじっくり眺め、好きな香りの石鹸を選ぶ娘さんの様子や、帰り道にご機嫌で飛び跳ねている可愛らしい姿が描かれています。
何気ない日常生活のやりとりの中で、慶山の娘さんへの愛情が感じられました。
夜色途中,穿过小花园。她在草地上撒欢,一下子跑得很快,很远。
小小身影穿梭过樱花树林、薄荷草丛,穿梭过淡淡的皎洁的月光。看着她的样子,觉得心里跟微微痴了一样。如同看到露水中的花,皇冠上的珍珠。有什么区别呢?这世间美丽的纯真的存在,总是会让我们感动,让我们敬重。(p169)
<単語>
撒欢(sāhuān)ーはね回って遊ぶ
穿梭(chuānsuō)ーひっきりなしに往来する
皎洁(jiǎojié)ー(月が)白く光って美しい
痴(chī)ー夢中になる、とりこになる
敬重(jìngzhòng)ー尊敬する、重んじる
その他にも、慶山がお気に入りのキッチンで、料理をしながら、大好きな村上春樹の小説を読んでいる……という内容のエッセイがあったりなど、彼女の普段の生活が垣間見られる作品もあって、一ファンとしてはとても嬉しかったです。
また、哲学的な内容のエッセイも多く見られました。
慶山は仏教にも造詣が深く、仏教関係の本をよく読むそうですが、人生をどのように生きていくかを考え、常に自分自身に問いかけているようです。
单纯、善意地活着,是给自己的祝福。(P270)
シンプルに善意ある生き方をするのは、自分への祝福である。
最重要的,是在有限的时间里,把自己觉得有价值有意义的事情完成,这是对生命负责,不浪费时间。(P143)
最も大切なのは、限られた時間の中で、自分にとって価値があり有意義だと思うことを成し遂げることである。これが命に対して責任を持つということで、時間を浪費しないことなのだ。
また、現代の物質社会へ疑問を感じている内容のエッセイや、自らの創作活動について語った文章もあり(こんな思いで長編小説を書いていたのか……と思います)、慶山という作家への理解が深まりました。
一つ一つのエッセイはそれ程長くないので、集中して読むタイプの本ではないですが、寝る前など時間がある時に、私は少しずつ読んでいました。
今年は様々な原書との出会いがありましたが、『鏡湖』は一番心が癒されました。
少し前に「豆瓣」(中国の映画、書籍、音楽などのwebサイト)で、この本のレビューを見ていた時、私と同じような感想を持った人の投稿を見つけました。
国が違っても、同じような思いを持つ人がいるのだな……と、なんだか嬉しかったのを覚えています。
コロナ禍で先行きに不安を感じることもありますが、『鏡湖』は心が苦しくなった時、スッと手を差し伸べてくれるような一冊でした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。