せかい物語の編纂を始めました。
noteのメンバーシップを始めて、半年ほど。
私からしたら「こんな話、誰も興味ないだろ・・・」って思ってたから、5人もメンバーがいることにびっくりしています。
ありがたいです本当に。
(今日はメンバーシップ記事だけど、報告の内容なので、無料で最後まで読めます。)
【ご報告】
ついに、ついに、『せかい物語の編纂』を始めました。
これは、私が人生をかけて取り組みたいと思っていたミッションなのです。
以前「私が世界史にハマった理由」の時に伝えましたが、高校の時に世界史にハマってから、人の持つ物語の力に圧倒されました。
いつの時代もどんな時も、そこに生きていた人には物語がある。
そう思うと、知りたくて知りたくて、たまらなくなったのです。
いつか自分だけの(自分が興味があるエピソードを中心にまとめた)世界史を作り上げてノートにまとめたいと思っていました。
『せかい物語』とは
実はこのメンバーシップを始める時に、ちゃんと定義をお伝えしていませんでした。
と、なんともお茶を濁したような表現!笑
この時はまだちゃんと「せかい物語とはこれだ!!」というのが言えなかったんです。だって怖かった。誰も興味ないんじゃない?こいつ頭おかしいって思われるんじゃない?
でも、半年間にわたって自分の本当の本当の部分をたった数人ではあるけど、曝け出して受け取ってもらってきて、
今なら言える!そう思えるようになりました。
せかい物語とは、
【聖書から始まる歴史を、
人物の視点で辿っていく物語】
なのです。
だいたい歴史の話をする時って、猿が人になったという進化論的な話や、エジプト文明がね、といった四大文明の話から始まります。
私は「神が世界を造った。アダムとイブがつくられた。」そこから始めたいんです。聖書には多くの人が出てきて、それぞれの視点で物語があります。事実と交差する部分もあります。
例えばバビロン捕囚や出エジプトの話もそうです。出てくる地名も実在するものです。だからアブラハムの12部族を見ていくと、〇〇文明だったと言えるんじゃないか?とも思っています。
(この辺の探究はまだまだなので、歴史やキリスト教史の専門家の方、見ていたらごめんなさい。素人の戯言です、温かい目で見逃してやってください。)
決してこれを押し付けたいわけでも、誰かに認められたいとかでもありません。
そもそも私のように考えた人は過去にも多くいて、特に中世の神学者たちは躍起になって世界の事象の辻褄合わせをしたそうです。
聖書に基づく歴史を「普遍史」と呼ぶそうなのですが、普遍史でどうにも説明できない科学が発展してきた時に、「ほら。信仰と科学は分けられるでしょ?」と今の私たちが知る「世界史」が始まりました。
科学的事実に基づいて歴史を見直したら、「世界史」として残すものを決めたというニュアンスのがいいのかな。
要するに私たちが今見ている事実は、過去に生きた人たちが編纂してきた歴史を見ているわけです。
だから私のせかい物語もフィクションです。
私の頭の中で繰り広げられる、”もしも、そういう視点で見てみたら、世界の物語はもっと面白くなるんじゃないか?”という、ある意味「 if 」の視点を「せかい物語」として編纂してみたいんです。
そして、その後の人物目線で、世界の出来事を見ていく。
まずは哲学者たち。彼らはそれぞれ生きた時代の社会に反応し、思考し、記録を残した人たちなので、宗教や政治、社会にも関係してきます。
彼らの目線で、世界の移り変わりを見ていくことは今まで学校で習ってきた世界史の見方とは全く異なるはずです。
事実を参考にしたフィクションとして、世界史の新しい楽しみ方になると思っています。
もしも死ぬまでにこの物語が完成することができたら、一つの物語、一つの創作物として世に出ることがあったら面白いなと思っています。
メンバーシップ「せかい物語Labo.」は、今まで通りその時Kanaが考えていることも更新しますが、物語の編纂自体も、途中経過を報告していく場所になりそうです。
今、この決心をしたのには、いくつか理由があります。
「時間ばっかり溶けてお金にもならないこと」に時間と労力を使うことを許可できた。
ずーーっと積読になっている本は、「いつかせかい物語を探究するときに使う」と集めている本ばっかりになってきたこと。
デカルトさんがやってたから。
フリーランスになって、自分が自由に使える時間が増えました。最初のころのようにがむしゃらに、使える時間を全部注ぎ込むってこともなくなってきました。
じゃあ「好きなことをしよう」と思っても、「なんか仕事に関係ありそう」とか「こんな経験してたらいいんじゃないか」みたいな打算的な考えがちらついてしまったり、ただただYouTubeやゲームをして時間を溶かすこともありました。
もちろんそんな時間の使い方すらできなかった昔の私からしたら、今の自分は十分「好きに囲まれた自由気ままな暮らし」を実現できています。
それでも、私が本当に本当に、人生をかけてまでやりたいことは、別物でした。
せかい物語の編纂は壮大なプロジェクトなので、一度手をつけてしまったらショート動画のようにサクッとは終われません。
何十年という人生をかけて取り組むつもりだから、「いつ始めるのか」をすごく悩んでいました。
だから、ようやく自分の人生を贅沢に使う許可をできると思えたのが一番です。
そして、本棚にいつか読むと溜まっていく世界史や宗教関連書や哲学書。
気づけば20冊はあると思います。
「いつか絶対に読むんだ」と思うとワクワクして「早く読みたい」が溜まり溜まって我慢の限界になりました(笑)
最後は、デカルトのことを学んでいたときに「”世界という大きな書物”の中に飛び込んでいく」というフレーズに出会ってしまったことです。
こうして、私の「せかい物語の編纂」が始まりました。
今はAIとnotionという最強すぎる相棒がいるので、高校生の時に思ってた何倍も楽に感じます。
とりあえず西洋哲学者の年表が完成したので、ここからはしばらくインプット時期です。
ぜひ私の壮大な遊びにどうぞお付き合いください♩
ご意見やリクエストはLINEからも受け付けております。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?