現実は小説より奇なり #2
将来を考えるにあたり優先順位が出てくる。何をしたいのか、何になりたいのか。幼い頃の漠然な夢より、高校にもなると進路を否応なしに迫られ、卒業後の自分の行く末というか、将来就きたい仕事に対しての進路を真剣に考えなければならないようになってきていた。
幼い頃から計算を主流にしていた学び事をしていたこともあり、ありがたい事に数学は授業を聞いてなくてもそこそこ点が取れ、その他にも理系の分野は全般的に得意にしていた。
その当時なりたいと思っていた日本語教師の道へ進むために文系の道へ進む事を選びたかったのだが、当時の進路指導に文系を選ぶ事で高校卒業という大前提が難しくなるから、とりあえず理系に行って文系を受けてもいいんじゃないかと勧められ、文理選択時に理系へ進むことにした。
実際、理系に行ったら文系の時間数は少なく、元々文系が出来なさすぎるのに独学でどうにかなる問題でもない。当時の進路指導の適当さに、大人になってから考えると、とんでもない指導をされたものだ。今の時代ならSNSで炎上ものだ。
実際私は理系にいながら文系の大学を受けることにしたのだが、当時理系に在籍する女子達は皆、医療系を目指している子がほとんどだった。その中で異色の進路を進もうとしている多感な時期の私は、文系の大学を志望している事は誰にも言わず、私も医療系に進むんだと公言し、看護の短大、専門学校を何校か受けることにした。もちろん滑り止めで。
ただ、頭の片隅には万が一、1999年の地球の終焉時に何かあったとしても、日本語教師になるよりも、もしかしたら医療系の知識がある事で何か役に立つのではないか…少しでも自分や家族が助かるのではないか…とも考え出していた。
自分の将来を考える中にノストラダムスの予言がここまで影響していた女子高生は、この世の中で何人くらいいたのだろうか。
結果、当たり前だが志望した文系の大学は全部見事に落ち、受験費用をドブに捨てる事となったのだが、反面、滑り止めで受けた看護系の短大、専門学校は全て合格するというミラクルを起こしてしまった私は、看護系に進むことを決意。
正直、元々なりたいわけでもない職種で、自宅から遠くなる所へ通いたいわけでもなく、新設された家から近い看護学校へ進路を決めることにした。
多少なりとも医療に興味があるのならばまだしも、なりたい職業のために選んだ大学に受からなかったという理由で、1999年の終焉のために足がけ的に医療をかじっておこうと看護学校へ入学して、とりあえず看護師を目指そうとしている私が誕生しようとしていた。
自分の気持ち的に日本語教師を目指したい気持ちの方が大きかったのだが、当時、女性の大学の進学率は今より高くなく、短大や専門学校が多かった時代。ここで浪人して1年棒に振るよりも、とりあえず先に進み、結婚、出産も終焉までに経験したいと思い始めた私が出した決断だった。
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