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朝井リョウ『生殖記』をネタバレなし最速レビュー! #読書会記録

どうでしたか?

「製本がよかったですね〜」
「デザインもいいですよね。表紙が白で、タイトルが銀色のホログラムでね」
「見返しの紙もめちゃくちゃいい」

表紙
見返し

「わたしは書かれていることを一旦飲みこむタイプの読み方、ミステリーで犯人を推測したいタイプの読み方をするんですけど、そうじゃない人はどう読むのかなと思った。えっ、この視点なに?ってなっちゃった人はどこまでも置いて行かれてしまうのではと……」
「でも、ネタバラシ自体ははやいじゃないですか」
「合理的な説明が一行もない!」
「それはそう、そういうもんだから」
『山月記』で李徴が虎になるのになんで?って言っちゃうタイプの人は『そういうもんだから』ってならないから」
「そのタイプの人はこの小説を読まないのでは。わたしは推測しながら読みつつ楽しかったですよ。なんやねん!って思えた」

「えー、わたしは実は発売日前に読んでいて、こんな感想文を書いてました。『社会構造に組み込まれながら生きる我々が「認識していない認識」の根本をすべて言語化し尽くそうとする語り。この言葉たちを「この語り手でなければ語れなかった」ことが、一種のわたしたちの敗北に思える。自分が”しっくり”こないと思いながら惰性で生きているこの社会の本質を言語化されるという快楽にメロメロにされる。こんなの、一種のポルノだよ〜』」
「だよ〜」
「わたし朝井さんの作品めちゃくちゃ好きなんですが、朝井さんは『人がうっすら思っているけど言語化できていない部分を代わりに言語化してあげる快感』が持ち味の人だと思っていて、だから……『ツイッター人間社会感想文の究極』みたいな……悪口じゃないんですけどね? だと思ってて。だから、映画の感想が言語化できなくてツイッターで検索して『自分の感想はこれだ』って安寧を得るタイプの人たちが好むポルノだと思った」
「言ってることはすごいわかります」
「そう考えると、『正欲』はすごく真摯なタイトルですよね」
「ちゃんとわかってるわけだからね」

朝井リョウ『正欲』新潮社

人間って特権意識ありますよね

「わたしはあんまり乗れなかったんですよね。ここで描かれる社会にも、尚成くんにも、この語り手にも。この語り手が人間社会に向ける視点とか共感の仕方とかがなんか……性格悪くて」
「性格悪いのかな?」
「人間社会を小馬鹿にして、究極の外側視点なんだけど、若干人間臭いのが気になって。この語り手に『人間って特権意識ありますよね』とか言われたくない」
「なんで?」
「いろんな種族を持ち回りして、ヒトは二回目、オス個体は初めてな訳でしょ。いろんな生物をやってきたんだったら、いろんな生物のいろんな特徴があると思うんだけど、そこで人間って特権意識ありますよねとか言われても、それって『キリンって首長いですよね』とかと一緒なんじゃないかなって」
「なるほど〜」
「ちょっと村田沙耶香みがあった
「あ〜生殖の面から人間社会の話するの、村田沙耶香っぽいですね」

我が家の村田沙耶香コレクション

資本主義社会ってツレ〜

「尚成くんが曲がりなりにも社会生活を送っていて、えらいと思いました」
増大するという以外の選択肢を一切持っていない共同体の中で、その共同体に一切違和感を持っていなくて、尚成くんみたいな人の存在が認知の外側にある人たち、っているな〜と思って。そういう人に疲弊する感覚は共感しながら読んだ」
「えっ、全然わからない」
「資本主義社会の中じゃないと感じないのかも」
「あ〜働いたことないからわかんないや」
「うーん、わたしも社会人としてガッツリではないけど、バイトとかフリーランスとかしてきて、カスタマーセントリック的なことを言いつつ『結局それって企業利益のためでしょ』と思って、みんな同じ方向を向いてなきゃいけない、同じ方向を向いてない人は社会不適合者だ、そもそも『存在してないと認知されている』みたいなのは苦しさとしてあるなと。塾でね、黒板をすっごく綺麗にしなきゃいけないんです」
次使うからじゃないの?
「次使うって以上に綺麗にするんです。白い筋一本残さないくらい。あれ、保護者に向けたアピールなんじゃないかなって思うんですよね。表向きは『次使う子どもや先生が気持ちよく云々』って言うけど、結局はもっと現金なことじゃないかなあって」
「わかんない」
「あ〜あたし、バイト中に回ってたら変な顔で見られたことがあるんです
「はい?」
「なにかを取りに行こうとして、でも逆方向にやるべきことがあるって閃いて、振り返って、やっぱりちがうって戻ったら、その場で2、3回転するような動きをしちゃって。でも、外から見たらわたしの頭の中の動きなんてわからないから、突然仕事中に回り出した人になってるわけです。怪訝な顔で見られたわけです。だって、その場で回ることはなんの利益も産まないからね
「……まったくちがう話じゃない?
「え、そういうことじゃないの?」
「ちがう話をされたと思う……」
利益に繋がらない行動をするから共同体から排斥されるって話じゃないんですか」
「ちがう……なんかちがう……」
「じゃあわたし、この小説を根本的に理解できてないかも……」

う〜ん。。。

好きな場面!

ワニワニパニックの話好き」
「ワニパニいいよね〜」
「半球睡眠できる人間なんて存在しないもんな。こいつ生き延びやすい。でも人間社会だと排斥される」
「あと、眉毛と一緒に降りるところ好き。あれ映像になってほしいですよね。なんか妙に明るい会議室とかで、二人が照らされて……。この小説全体が映像化しやすそうですよね。印象的な場面が多くて」
「全体としては、『物語をやめた』感があって、わたしはちょっと寂しかったです」
「ちょっとわかる。でも、語りとエピソードの面白さだけで進んでてここまで面白いのはすごいですよね」
「たしかに。それに、尚成くんにもちゃんと最後に変化が訪れて、カタルシスがあるじゃないですか。自己解決的に。それがなんか『対話はしないけど、未来に希望は持つ』みたいなこの尚成くんらしい終わりでよかったですね」
「尚成くんは案外複雑な欲求を持ちますよね。会話でポケーッとしているのと最後では結構印象がちがったな。そこには逆説的な意味があるのだけど、『自分の生産性がどれだけ下がろうが関係ない、ただただ、時間が進んでいくことが楽しい。社会自体が未来に進んでいくことがいい』って、ある意味、究極の共同体意識でもあるでしょう。そこに至るためには他人を意識しなきゃいけないから、尚成くんはちゃんと人間やってんだなと思った」
語り手とちがってね
「ネタバレか〜?」
「ギリセーフ」
「うん。わたし、読者であるわたしは『異性愛個体ではない』、おそらくだが。っていう状況で、『異性愛個体が特権を手放す』ことに尚成くんのような嬉しさを覚えないので、尚成くん嬉しかったんだねパチパチと思うけど、それ以上のものはなかったな。でも、別に共感がしたくて読んでいるわけではないからいいのかも」

読書会のお供。おいしい。

資本主義!

「話戻りますが、小ネタとかエピソードとかが強くていいですよね」
「出オチになってないですしね」
「これは究極の『視点が遠い』ボケなのでは?
「ああ、人間のボケ器官に宿るボケ本能がね、ボケろーってやってるわけですね。我々だったらそうかもですが、朝井さんはちがいますよ。もっと社会とか生物とか考えてますよ。なんかテーマがありますよ。我々は大喜利本能が発達しすぎてるだけで……」
「ではまとめをどうぞ」
「えっ……えーと、社会に生きてる人間が読んだら、もっと身につまされるんだろうなって思ったんですけど、社会に生きてない人間ははにゃってなりました。わたしは生殖の話が出てきた時点で動物の話をするのかなって思ってワクワクして読んでたから、もっとホンソメワケベラの話をしてほしかった!
「はい、ありがとうございました。尚成くんみたいな人間が生きる社会をこの視点で書くのはいいなと思いました。わたしも社会をこういう視点で書いて、編集さんに『わけがわかりません』って言われない、排除されない作家になりたいと思います」
「なりたいね」
「なので著作をはやく出して、いっぱい売るしかないです。終わり」
資本主義!

我が家の朝井リョウコレクション

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