【読書日記】10/31 ハロウィンの夜に百鬼夜行。「鵼の碑/京極夏彦」
鵼の碑
京極夏彦 講談社ノベルス
読み終わりました。読んだ読んだ~、という充足感に満ちています。
分厚くて重い。
寝床で読んでいて顔に落っこちてくる展開はお約束。
「言葉」を素材として非常に精巧に作られた細工物のような物語。
ほんの少しの狂いもなく設計され、緻密にくみ上げられ、美しく彩られた細工物の技に見惚れるばかり。
私は、物語を読むとき、登場人物と視点や感情を同化しながら読む傾向が強いのですが、このシリーズについては、物語の中に自分が入り込むことはできません。
よくも悪くもここで描かれているのは他者の侵入の余地がなく計算された登場人物であるというのでしょうか。
だからこそ、彼らの恐れも苦悩も嘆きも怒りも、すべて画面越し、物語の外側の世界から無責任な第三者として眺め、心置きなく物語として楽しめているともいえます。
さて、本書において、おなじみの面々は複数の謎をそれぞれ異なる出発点から追い始めます。
1.劇作家の久住は、滞在中のホテルのメイドが「父親を殺した(ことを思い出した)」という告白を受けて戸惑い、同じくホテルに滞在中の作家・関口とともにその記憶の真偽を確かめようとする。
2.中禅寺は、日光の山中に埋もれていた古文書の調査を行っている
3.御厨冨美は、務めている薬局の経営者・寒川が失踪し、その行方を捜すことを薔薇十字探偵社に依頼した。探偵主任の益田は、寒川が気にしていたという二十年前の寒川の父の事故死について調べ始める
4.警察官の木場は、引退する老刑事から戦前に扱った奇妙な死体紛失事件について聞かされ、そそのかされるようにその顛末を探り始める
5.女医の緑川佳乃は、日光の山奥で小さな診療所を開いていた大叔父がなくなり、その遺品整理に来ている。
遺された書類やカルテを見ながら、大叔父はこんなところで何を考え何をしていたのか、と考えている
これらの多方面から動き始めた物事が、信仰とは何か、能とは何か、この国の歴史の影にひそむものは何か、戦時中の負の遺産とは何か、など様々な要素を巻き込んで話はどんどん膨らんでいきどこまで膨らむのか、とはじける寸前で一転して、その謎は一点へと収斂していき「この世に不思議なことはないのだよ」と解きほぐされていきます。
集められたバラバラのパズルのピースがかちかちかちっとあるべきところにはまっていくときの快感は、京極堂ならではのお楽しみです。
物語は大団円。
鵼も、もういません。
ひい、ひょうというもの悲しい声だけが私の中に残りました。
鵼。
頭は猿、手足は虎、胴は狸、尾は蛇。
色々なものが組み合わされてできた正体のしれない怪鳥。
その闇に響く声はひい、ひょう、と哀しい。
猿であって猿でなく
虎であって虎でない
狸であって狸でない
蛇であって蛇でない
だれの仲間にもなれぬ故に闇に潜み、孤独に泣き、忌み嫌われ、討たれて消えた。
猿の賢さを、虎の強靱さを、狸の愛嬌を、蛇の生命力を兼ね備えたものとして讃えてくれたものはいなかったのか。
そうしたら、鵼は、闇でひとり ひい、ひょうと泣かずにすんだかもしれない。
そんなことも夢想するハロウィーンの夜です。