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彼は何を、どうしておそれていたのか?「ボーはおそれている」感想

:注意:
 ネタバレ全開の感想ですので、まだ観ていない方はご注意下さい。
 何も知らずに観に行った方がいい作品じゃないかな〜と、私は思っています。


 アリ・アスター監督の最新作「ボーはおそれている」
 私はこの作品をなるべく早く観にいこうと決めていた。
 というのも私が監督の名前を知ったのはミッドサマー。公開当時に身近でも結構な話題になっており、大体の内容を鑑賞前にすでに知ってしまっていたのだ。
 映画に対して勘の鈍い私にまで届いたくらいなので、その頃のお祭り騒ぎには感謝しているし、大体の流れを知っていたのにのめり込んで観ることの出来たミッドサマーの持つ作品としての魅力は素晴らしかった。
 しかし、何も知らずに観たらもっと衝撃的だったんだろうな〜という気持ちがどこかにあった。
 そして監督の次作の話題が出始め、日本での公開日が決まり、私は今度こそ誰かの感想や解釈に触れることなく、この映画を堪能しようと心に決めた。
 そんなわけで、実は公式サイトのトレーラーも観ておらず、あらすじだけは読んだ状態でチケットを予約した。
 やはり惹かれるのはタイトルだろう。

ボーはおそれている。
 「何」を、「どうして」?

 お母さんが怪死したことが発端のようだから、お母さんが毒親だったとかだろうか……。実はボーがお母さんを殺しちゃったとか?など、想像を膨らませて予約した日が来るのを待った。

 最初スクリーンから女の人の悲鳴が聞こえてきたとき、あれっ結構怖い映画なのか、スプラッタは無理なんじゃが……と怯えていたら出産シーンだった。
 「私の赤ちゃんを落とした」と叫んでいたはずだから、ここですでにボウは脳に何らかの障害を負ってしまったのだろうか。

 作中ではずっとボウなのに、タイトルがボーなのはどうしてなの……???に始まり、とにかく最初から最後まで疑問の「???」が頭の中に溢れ返り、ようやく構造が分かって?が!に変わったと思ったら急に爆発(物理)が起きてまた?に戻されるような、そんな映画だった。
 私は感想を書くことで、ひとまず自分の考えをまとめておきたいと思う。

 やたらと暗転が多いなとは思っていたけれど、パンフを読むまで四章仕立ての構成だということにさえ気づいていなかった。
 一章のセラピストとのシーンで、重要なワード「罪悪感」が出てくる。
 ボウはあまり故郷に帰りたくない。お母さんを愛していると口にしても、本心ではお母さんに会いたくないらしい。
 意味深なお風呂場の夢といい、やっぱり幼少期に虐待されていたのでは?とまずは見当をつけた。

 ボウが住むのは死体が放置されたままのハチャメチャ治安悪タウン。
 過保護ママっぽいのに、こんなところに息子を住まわせるかなと疑問だったが、セラピストに薬を処方されているし、半分くらいはボウの不安が見せている妄想なんだろうなと予想しつつ物語を見守った。
 同じアパートの住民から音楽を止めろと何度もメモを投げ込まれているのは、本当はクモについての注意や水道工事のお知らせの紙だったんだろうか?
 故郷に帰りたくない一心で、寝不足になって飛行機に乗り遅れる理由を生み出していたのだろうか。
 鍵を盗まれる、旅行鞄がなくなる、アパートの管理人っぽい人に「お前は終わり」と言われる。多分この辺も妄想だと思う。分からんけど。
 治安悪タウンの住民たちがボウの部屋に大挙して押しかけて乱痴気騒ぎしているのも、直前に飲んだ薬と妄想の相乗効果だろうか。
 でもタトゥーの人が死んでたのはなんでなんだろう。
 私は見落としてしまったのだが、パンフによるとタトゥーの人もお母さんの会社の従業員だったらしいので、自分を監視する相手をボウが殺しちゃったんだろうか。
 お風呂場の天井に張り付いていた男もボウの幻覚で、裸で街を飛び出したのは現実。
 警官に武器を手放せと言われていたので、本当はタトゥーの人を殺した凶器でも持っていたんだろうか?
 いや、タトゥーの人が本当に死んだのかもなんも分からんのですが……。

 二章も最初から???がいっぱい。
 いくら医者だからといっても、自分の車で撥ねた相手をそのまま自宅、しかもティーンエイジャーの娘さんの部屋に寝かせるか?と思ったら、どうも医者のロジャーか奥さんがボウママの関係者だったらしいので、社長の息子さん撥ねちゃったから連絡→そのまま自宅で治療&監禁&監視を命じられたってことだったんだろうか。元々ロジャー家では戦死した息子の友だち、精神的な病の患者を自宅に置いているのをママは知っていたのかも。
 ロジャーは命じられたからやっていたとして、奥さんの方は息子を亡くしてから多分少しおかしくなっていたんだろう。でも監視されること教えてくれたのも、ボウが持つ罪悪感に気づいていたのも奥さんの方だし……?
 娘のトニちゃんの言動はまだ分かりやすい。
 自分のお母さんは死んだお兄ちゃんのことばっかりが大事で、暴れ回る兄の友だちを引き取って面倒を見てて、今度は自分の部屋まで見知らぬ男(患者)に占領された。家の中でどんどん居場所がなくなっていくと感じていたんだろう。
 彼女がドラッグに依存しててボウにも吸わせたから事態が悪化したんだと考えているが、お兄ちゃんの部屋に入ってペンキを塗れと強要したところまでは現実で、彼女がペンキを飲んだのはボウの妄想で、実際はボウが首を絞めていたんだと思う。
 ボウはママにされたみたいに女の人に大声で非難される、激詰めされると首を絞めて黙らせようとするっぽいので。
 一章で写真だけ出てきた初恋の人エレインがニュースで登場したのは、後の展開を考えるとボウを呼び寄せるためのお母さんの策略なのかな。
 別に幹部とかではなかったぽいのにわざわざ彼女のコメントをニュース番組が取り上げるのは不自然だし。
 ロジャー家を逃げ出すのに派手に窓ガラスをブチ破るボウを見て、やっぱ一章のアパートの入り口が割れてたのも自覚してないだけで自分でやったんだよな?と思った。

 三章は……三章自体が本当にあったのだろうか。旅する劇団「森の孤児」なんて本当に存在していたのか?という気持ち。
 森に逃げ込んで倒れている間に見た夢なんじゃないか。
 でも服がちゃんと変わってるしなあ……?
 このセクションだけミッドサマーっぽくて、作中で浮いている気がしたけど、ポスターとかで積極的に使われていたのはここの部分なのは見栄えがいいからなのか、やっぱり重要だったからなのか。
 盛大なショーで演じられる孤独な男の物語。
 両親を亡くし旅立った先で居場所を見つけ、家族を手に入れたと思いきや、全てを失い追われる身になり、最後のお金でお腹を満たすよりも劇を見ることを選び、三人の息子と再会出来たものの、自分に性行為の経験がないから子供なんていないと現実に帰ってくる。
 劇を見ているボウが呟く「これは僕の物語だ」はアリ・アスター監督の告白でもあったのだろうか。
 劇中では主人公が自分の足を戒める鎖に気づいて斧で断ち切るシーンがあり、そこから主人公=ボウの旅が始まるのだけど、結局ボウにはママの鎖がつけられたままだったと思う。
 私はこの作品から母親への強烈な愛憎を感じたので、監督にとってもそうなのだろうかと思ったけど、監督はアメリカでの上映会にお母様を招待して一緒に観たとのこと。
 お母様はこの後の四章をどんな気持ちで観ていたんだろう。

 森を抜け、ヒッチハイクした先で待つ四章は、全ての種明かしとさらなる混乱の章でした。
 ミッドサマーで序盤にあったカメラワークがひっくり返る、天地が逆になる演出がここであったので、ああ今までが妄想(幻覚)でここからは真相(現実)ってことね!と最初は安堵していたんですが……。
 棺に入った首のないボウのママの遺体、都合が良すぎる初恋の人エレインとの再会とすんなり行われる性行為。
 ママがボウに伝えたお父さんの死因が事実なら、ボウはこれで死んじゃうのかなと思いきや、死んだのはエレインの方で混乱。そしてまさかのママ登場でさらに混乱。

 ここが作中で一番疑問。
 ママが息子を他の女に取られない為に、お父さんの死因は性行為でそれがボウにも遺伝している、とウソをついていたのだろうか。でもなんでエレインは死んだのか。実は性行為で相手が死ぬのはママ側からの遺伝だったとか……?

 棺に入った遺体は長年仕えてくれたメイドで、ママは生きており、全てはボウを呼び戻す為だったと暴露が始まるけれど、そこまでするか?と不思議だった。この後世間的にはママのことどういう扱いをしてもらうつもりだったんだろ。実際はボウは性行為シーンで死んでて、以降はボウが死者として見てる夢なのではとも思ったくらい。
 しかしママのなかなか苛烈な性格が露わになると、ああこのママならここまでやるかもと考えが変わってくる。
 天井裏に閉じ込められたボウの双子のお兄さん(?)と、あの急にB級映画みたいになった性器のバケモノことお父さんですが、確か左に腫瘍があるのはボウの体の問題だったはずだし、父を求める気持ちと自分の性への恐れがごっちゃになっていたんだろうか。窓から飛び込んできた戦死したお兄ちゃんの友だちも流石に幻覚だろうし……。
 ボウの双子のお兄さんは本当にいたのかどうかもよく分からない。虐待された辛い記憶から距離を置く為に、別の存在をボウが作り出した気もする。

 ボウのママが抱えていたコンプレックスは「愛されないこと」
 愛されることを一番求めていたのはママで、それは社会的な成功を収めても満たされなかった。夫は亡くなり息子を得たが、心の渇きはなかなか消えない。
 自分は母に愛されなかったが、自分は愛を搾り出して我が子であるあなたに与えた。しかし返してくれなかった、私を傷つけないことを求めたが傷つけられたとボウに主張してくる。
 ボウは自分が何かを決めようとすると母に非難されたとセラピストに相談していたが、セラピストは内通者だったのでママは全てを知っていた。
 見事に拗れて、歪みまくっていた親と子の関係。
 お母さんにとって突然現れて息子を奪おうとした、自分を差し置いて愛されるかもしれない存在だったエレインって相当恐怖だっただろうな。だからこそ会社で雇って、彼女のことも管理していたんだろうけど……。

 そして最後の水族館裁判。
 最初はなんだこのシチュエーションはと思ったけど、多分あれ劇場(映画館)ってことなんですよね…?
 映画を観ている観客たちの前で、自分の罪を暴かれるボウ。そして恐らく、ボウが最も恐れていたこと。

 ボーは「何」を「どうして」おそれていたのか。
 それは「母からの愛」に「応えられない=返せない」こと。
 そのことに罪悪感を覚えており、誰かから非難され、お前が悪いと責められることに怯えている。

 まだ一度しか本作を観ていないし、記憶が曖昧な部分もあるので、的外れな感想かもしれない。けれど私にはそうであるように感じました。

 旅の最後に結局は、ボウが一番恐れていたことが起きてしまった。
 だから彼が乗っていた頼りないボートは転覆してしまう。
 彼の人生(映画)が終わると観客たちは劇場を後にしていく。溺れるボウを助けられる人はいない。
 正気と狂気、妄想と現実が入り交じった三時間の旅は終わったのだ。


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