大分県日田市 ~教えてもらった思い出の味~
最近近所の海鮮丼屋さんで「りゅうきゅう」を売っているのを知った。
福岡の大好物 ゴマサバと似ている刺し身を漬けにしたものが大分では「りゅうきゅう」と呼ばれていた。
「豊富な魚介類に恵まれる大分県では、アジやタイ、太刀魚、イワシ、サバなど四季折々のさまざまな魚介が水揚げされる。
「りゅうきゅう」は、地元でとれた新鮮な魚を、醤油、酒、みりん、ごま、しょうがでつくるタレと和えていただく、大分県の代表的な郷土料理。一種の保存食として地元に浸透していった。」(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/ryukyu_oita.html より引用)
「りゅうきゅう」という呼び名は諸説あるようだけれど、大分で聞いたのは 珍しい=琉球ということだった。福岡の「ゴマサバ」と大分の「りゅうきゅう」違いはなかなかわからなかった。
大分県日田市はB-1グルメ「日田やきそば」で一時期有名になった街。そして三隅川、湧水と水に恵まれている街。江戸時代は交通の要所として栄えたエリア。日田市には咸宜園があった。
「咸宜園は、江戸時代後期に生まれた儒学者・廣瀬淡窓が豊後・日田に文化2年(1805年)開いた日本最大規模の私塾。」
「淡窓は、身分や階級制度の厳しい時代にあって、入門時に学歴・年齢・身分を問わない「三奪法(さんだつほう)」により、すべての門下生を平等に教育しました。中略 咸宜園は、淡窓没後も廣瀬旭荘や廣瀬青邨などの門下生に引き継がれ、明治30年(1897年)に閉塾するまで、およそ5,000人もの門下生が学んだ最大規模の私塾となりました。」(https://www.city.hita.oita.jp/shisetsu/kangien/about/12278.htmlより引用抜粋)
そんな日田市で地元の人に連れて行ってもらったのがプノンペンラーメン。
「コクの深い醤油ベースのスープにちぢれ太麺。セロリ、チンゲン菜、トマト等の野菜がたっぷり入って味付けはピリ辛のエスニック風味です。」(https://oidehita.com/archives/964より文章、写真引用)お店の名前は普通に 中華さと。
そして餃子専門の一品香で餃子とビール。小さな店でカウンターの中で黙々と餃子を包む、焼くを 繰り返す店主。メニューは餃子、ビール、焼酎、そしてコカ・コーラ。黙って餃子を食べて、ビールを飲んだ。 一品香では英彦山の山伏伝来のゆずこしょう、「柚乃香」を売っている。
この2品が日田の思い出。
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亀田武嗣の日本全国うまいもの塾
年間100日を日本各地に出向いて、地域の課題解決の相談にのっていた亀田武嗣(デジタルメディア研究所・主任研究員)による、足で探し、人と交流…
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