玉さま魅力全開!:錦秋十月大歌舞伎夜の部レビュー
今月の歌舞伎座夜の部は、『婦系図』と『源氏物語』。主役はいずれとも大和屋坂東玉三郎で、お蔦と六条御息所とを連投奮闘、魅力全開である。共演は、『婦系図』早瀬主税を松嶋屋御大片岡仁左衛門、『源氏物語』光源氏を高麗屋若旦那市川染五郎という並びで、好事家大感激の演目となっている。
個人的お目当ては『源氏物語』だったが、世情前評判は、かつて一世を風靡した『孝玉コンビ』のお蔦主税初共演で大賑わい。新派の言わば歴史遺産の歌舞伎座上演に前売りチケット早々の完売だった。
その『婦系図』での出色は、やはりなんと言っても大和屋玉三郎。もはや伝説的とも評したい唯一無二の女形としての人間国宝たる配役造形力が、名高い「湯島境内」の場をひときわ印象深いものとしていた。この場での、仁左衛門主税に翻弄される登場から幕切れまでの表情、心理の表出のなんとも鮮やかなこと。七月の落語の小朝師匠との歌舞伎座特別興行『越路吹雪物語』で観客を魅了した歌声の素晴らしさは圧倒的だったが、それを軽々凌駕する演じ分けは、仁左衛門の存在感をすっかり希薄化させていた。お蔦の「静岡は箱根より遠いの?」を玉三郎を置いて誰が、その真意豊かに発することができるだろう。間髪入れず大向こうから屋号が入ったのは当然である。
そして幕間を挟んでの『源氏物語』。外題に玉三郎監修となっていて、筋書にも一文が寄せられている。この上演にかける意気込み並々ならぬものが伺われる。物語序盤の知らぬ者ない「車争い」を玉三郎扮する六条御息所の台詞で苦渋のうちに嘆息させ観客に想起させる展開は見事。久方ぶりに渡りのあった光源氏との連れ舞艶やかで、それがための御息所の悲嘆狂おしく、光源氏の六条御息所への諦念にかかる説得力をいや増しにする。
高麗屋染五郎の光源氏は、今をときめく若手筆頭に相応しく典雅高貴。まさしく匂うような美しさである。意表を突かれて印象的だったのは、生霊となったおどろおどろしさに染め上げられた六条御息所を追い払った後に染五郎光源氏が、萬屋時蔵葵の上との永遠の愛を高らかに詠ずる幕切れ。おっ、ハッピーエンドなんだ、と物語をよく知る者にとっては、意外ではあったものの不思議と納得感に満ちた大団円。回り舞台も物語の平安気分を引き立てていた。
誠に気分よく歌舞伎座をあとにすることが出来た。
同夜2狂言での、ため息しか出ない玉三郎丈の多彩鮮明な奥深さに、もはや見合う言説なし。齢70をゆうに超えてなお、芳しき妖艶さ抜きん出た存在感に陶然とするばかり。不世出の奇才と評するしかない。
蛇足やも知れないが、玉三郎と同じく夜の部連続登壇の、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から今に至るまで絶好調が続く坂東彌十郎の、ともに初役とのことの酒井俊蔵と左大臣も口跡鮮明で、脇ながら重厚に両狂言をしかと引き締めた。拝見するごとに存在感に磨きがかかっている。
同公演は、10月26日土曜日千穐楽。一幕見なら毎夜観劇可能とのこと。とりわけ『源氏物語』愛好者、必見である。