傑作であることを再認識:映画『落下の解剖学』レビュー
昨年のカンヌ映画祭パルムドール、アカデミー賞脚本賞ほか名だたる映画賞で高評価を得たジュスティーヌ・トリエ監督・脚本、ザンドラ・ヒュラー主演の『落下の解剖学』が配信開始(unextなど)となり、あらためて詳細に鑑賞してみると、本作の映画ならでは仕上がりの素晴らしさに心底感歎せざるを得ない。
事実とフィクション、創作と日常、夫婦関係、親子関係という誰もが自分事にしうるテーマが複合的に法廷劇として描き出されれ展開は、往年のヒッチコックやビリー・ワイルダーをも彷彿とさせる上質さである。とりわけ冒頭の飼い犬に寄ったカメラアングルが、実は巧みな伏線となっていて、結末で鮮やかに回収されるオリジナル脚本は、パルムドール、オスカー納得。仏語、英語混在の微妙なニュアンスを的確に訳した日本語字幕(松崎広幸氏)にも喝采を送りたい。劇伴も物語に付かず離れずまことに秀逸、品位さえ感じられるが、エンドロールでさりげなく流れるショパンがひときわ胸に沁みる。
劇場では望むべくもないことだが、ストップ、リプレイを繰り返して一場面一場面を微細に把握し、一言一句を何度でも反芻できる配信の特性を十二分に活用して、監督の手腕、意図をあらゆる角度から反芻できる。錯覚、勘違い、そして真実。何が最も重要なのか。計算され尽くしたシーン、セリフを通して観る者自らが自問へと導かれる。全編、文学的感動に溢れている、と評したい。
深いところで心揺さぶられる、ミステリーエンターテイメントである。