ショートショート【泣き男と拾い男】
僕は今日本屋で泣いた。
待ちに待った大好きな漫画の発売日だったのだが、
一冊も残っていなかったのだ。
今日という今日を生きる糧として頑張っていたので、僕は泣いた。
「あの、すいません 大丈夫ですか?良かったらこれ、使ってください」
華奢でマッシュルームカットの男がハンカチを差し出してきた。
僕はそのハンカチを拝借することにし、涙を拭った。
ラルフローレンの上品なタオルハンカチを見ず知らずの男に差し出すなんて得体が知れないとなんとも失礼なことを考えてしまった。
***
気がつくと、僕はその得体の知れないラルフローレンの男の部屋にいた。
さっき出会ったばかりの男の家にのこのこついていく僕も僕だが、ラルフローレン男はとても気さくで、話しやすくつい彼の調子に合わせてしまう。
あろうことか、つい自分の身の上まで話してしまう始末であった。
「本屋で泣いていたのには驚いたけど、君も気の毒な体質だね 喜怒哀楽どの感情でも涙を流してしまうなんて、きっと苦労も多いだろうね」
「ええ、おかげさまで友人もおりません なるべく感情を揺さぶらないことだけを考えてしまうんですよね でも漫画や小説を読んでいるときは周りを気にせず思いっきり泣けてなんだかスッキリするんですよ」
僕は物心ついた頃から、常に泣いていた。
嬉しくて泣き、ムカついて泣き、悔しくて泣き、美味しくて泣き…
常に泣くものだからクラスメイトからも絡みづらいと遠巻きにされていたので僕の学生時代は灰色だった。
大人になってからはなるべく人との関わりを避け、感情を揺さぶらないよう努めた。
仕事も単調な作業を選び、工場に就職した。
しかし大人になってから人前で、公共の場で泣くのは久しぶりだった。我ながら恥ずかしい。
我慢出来ず恥ずかしくて泣いてしまったが、ラルフローレン男は僕をバカにするでもなく、面倒くさがるでもなく、特に何も気にしていないという感じだった。
ラルフローレン男もとい、柿沼優は拾い魔だった。
昔から道に捨てられた子犬や、巣から落ちてしまった雛、片方だけの長靴、ゴム手袋に至るまで拾ってきては世話をしたり洗ったりするのだという。
独身にしては贅沢な2LDKが手狭に思えるほど部屋にはどうみてもガラクタと思うものや、たくさんの水槽、鳥籠、子猫、子犬、成猫、成犬がいた。
犬や猫たちは飼い主を募集したり、保護団体に引き取ってもらったりもしているそうだ。
そして僕もそれらと同様に柿沼さんに拾われたうちの一人だ。
彼は僕が呆然と泣いているのを見て放っておけないと思いつい家に連れてきたのだそうだ。
僕が通されたリビング以外の部屋にも拾ってきたものが収納してあるらしい。
その日から度々、僕は柿沼さんの部屋にお邪魔した。お互いの仕事の話や好きな漫画、小説の話で盛り上がった。
柿沼さんは話に盛り上がって僕が号泣しても笑顔でハンカチを差し出してくれる。
こんなに自由に感情を出せるのは家族のほかに柿沼さんしかいない。
柿沼さんとの交流はとても心地よくて、楽しくて、安心した。
柿沼さんは度々、リビングの隣の部屋へ水やご飯を持って行ったりしていた。
こんなにたくさん生き物がいて、お金がかからないのかと聞くと、なるべく休日出勤や残業を増やして実入りを良くしているのだそうだ。
それらを大変なんて思っていないし、むしろ生き甲斐なんだと少し照れるように言う柿沼さんは少しかっこよくて泣けた。
僕もいつか何かを生き甲斐なんて言う日は来るのだろうか。不安で泣けてくる。
***
家でふと柿沼さんの照れ顔を思い出して、泣いていた僕はテレビから聞こえるニュースによって頭が真っ白になるのだった。
【柿沼優容疑者(29)逮捕 男児誘拐容疑 自宅に一週間監禁か】
とめどなく流れてくる涙。
一体僕のどの感情の涙なのか。
悲しい、ショック、寂しい、驚き
泣いても泣いても涙が流れてくるので僕は、
布団を被って寝ることにした。
夢の中では涙が出ないだろうから。
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