道
『FlyFisher』2012年8月号掲載
「だいたいこっちだろう」と選んだ道はだいたい間違っている。そして「間違いないと思う」は完全に間違っている。
僕は道が「間違っている」とわかっていても引き返すことをせず、勘で道を突き進む。
『世界探検全史』によると十四世紀の大航海時代、海図や四文儀、アストロラーベなど航海技術が発達しても、船乗りたちはそれほど信用せず原始的な天文航法と、勘と経験でルートを選択していた。
偉大なる探検家たちは勘と経験で新発見をものにしてきたのだ。僕も同じだ。ただほんの少し違うのは、経験よりも勘を頼りに進んでいただけである。
道に迷って土地勘の無い場所を車でふらふら走っていると妙な高揚感がわき上がってくる。これが冒険心というものだろうか。
『大冒険時代』はそんな未知の土地への好奇心に取り憑かれた冒険者たちの紀行文集である。盗賊が跋扈する危険な場所を通過するために別の盗賊を護衛として雇ったり、砂漠では長い年月で培われた水場の位置と現在地を計り損なうと死につながる。二十世紀初頭の冒険譚はスリルと興奮に彩られる。
そういえば僕はまだ盗賊には出会ったことが無い。運が良いとしか言いようが無いが、たまに護衛として盗賊のような友人を連れて行くことはある。
冒険、発見、好奇心、そして日常からの逃避。あと本当の逃避。
旅の目的は人それぞれである。
現代アメリカで旅に見せられた実在の青年の足跡を追ったルポ『荒野へ』では、裕福な家庭に育ち、大学を優秀な成績で卒業し、恵まれた環境で育ったクリス・マッカンドレスが突如、車と現金、クレジットカードを捨て、一人旅を始める。
クリスは一人の老人への手紙にこう書いている「多くの人々は恵まれない環境で暮らし、いまだにその状況を自ら率先して変えようとしていません。彼らは安全で、画一的で、保守的な生活に慣らされているからです。それらは唯一無二の心の安らぎであるかのように見えるかもしれませんが、実際、安全な将来ほど男の冒険心に有害なものはないのです。男の生きる気力の中心にあるのは冒険への情熱です。」
クリスは現在の物質的豊かさに対しての嫌悪と「生かされる」だけの社会システムから自己を解放し、自らの意思で生きるという求道的信念によって行動していたように思うのだ。
しかし彼はアラスカで命を落とす。
彼は死の直前「百日だ!やったぞ!」とアラスカでのサバイバル生活百日達成を誇りとして日記に記している。
安住の地からより遠く、より長い時間離れること。
彼にとってそれこそが目的だったのではないだろうか。
このクリスの手紙を真摯に受け止め、老人ロナルド・フランツは安定した生活を捨てキャンプ生活をしながらクリスの帰りを待つようになった。
クリスは出会った人間の生き方を変えるほどの力を持っていたのである。
本書はケルアックの『オン・ザ・ロード』と並び、現代カウンターカルチャーの聖典として著名な作品であり、『イン・トゥ・ザ・ワイルド』として映画化もされている。
と、旅について偉そうなことを書いているが、僕は道に迷っているのである。そして間違った道を引き返すこともせず何も無い山道で日が暮れて泣くはめになるのである。
なんとか駆け込んだキャンプ場で一夜を明かし、テントを出るとそこは朝靄のかかった幻想的な湖が目の間に広がっていた。
私の好きな言葉がある
「結果オーライ」
だから僕は自ら進んで道に迷うのである。
『世界探検全史 道の発見者たち 上・下』
フェリペ・フェルナンデス‐アルメスト/著 関口篤/訳
青土社 2,592円
上 ISBN:978-4-7917-6501-0
下 ISBN:978-4-7917-6502-7
『大冒険時代 世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記』
マーク・ジェンキンズ/編
早川書房 3,888円 ISBN:978-4-15-208841-3
『荒野へ』 ジョン・クラカワー/著 佐宗鈴夫/訳
集英社文庫 724円 ISBN:978-4-08-760524-2
『イン・トゥ・ザ・ワイルド』
2007年アメリカ映画
監督:ショーン・ペン 出演:エミール・ハーシュ